Case.2 絶望希望犯③
捜査会議で異捜研の面々は会議室の後方に座った。捜査一課の刑事であふれる前方には、なんとなく座りづらいのだろう。捜査会議には涼も出席できた。待遇としては異捜研の持ち物という扱いである。人権が認められただけ良しとするしかない。事情を知らない佐藤以外のメンバーはやはり若干夕姫にひいている様子だったが。
鑑識からの報告によると被害者は捜査一課の五十嵐の言っていたとおり、あの部屋の住人である大原陽子、28歳OLとのことだった。死因は胸部に鋭利な刃物を突き刺されたことによる出血性ショック死、いわゆる失血死で、殺された後に全身の皮を剥がれたとのことだ。理由は現状不明。皮を剥ぐのに使ったのもまた同様の鋭利な刃物である可能性が高く、成人女性一人の皮を剥ぎ終えるまで十時間はかかるのではないか、というのが鑑識の見解であった。死亡推定時刻は四日前の深夜。部屋には複数の人間の痕跡があり、犯人に繋がるものは現在調査中とのことだ。
大原の人間関係から犯人を探るという基本の捜査方針が示されたが、この異常な殺し方の根底にあるのは怨恨ではない気がする。死体の損壊という観点から見ても怨恨でよくあるそれとは方向性が違う。山井が言っていたように、芸術品を作っている感覚に近いのではないかと涼は推察する。
捜査会議が終わり、五人は一度部署に戻った。異捜研なりの捜査方針を決めようという長尾の提案によるものだ。捜査一課と一緒に人間関係を探っても仕方がない、ということだろうか。
「これはもうお手上げですね」
いきなり水沢弘樹が口を開いた。現場を一見した直後に飛び出していった男、28歳である。
「あんな殺し方できる犯人、私たちでどうにかなるとは思えません!」
続いて大野愛佳が言う。水沢同様飛び出していった女、26歳だ。この二人は本当に何を買われて異捜研に配属になったのだろうか。
「それをやるのが我々なわけで。さて、始めようか、第一回異捜研捜査会議!」
長尾が妙なテンションで音頭を取る。いや、本来長尾はこういう人間なのかもしれない。五人は長テーブルを囲んで着席する。
「まず最初にみんなわかっていると思うが、この事件は明らかに異常犯罪だ」
長尾が言う。当たり前のことだが、異捜研にとっては極めて重要なことだ。
「刑事ドラマ風に言うと、これがどういうことかわかるか、水沢」
「刑事ドラマ風の意味は全くわかりませんが、このヤマは絶対にうちがとる、って感じですかね」
水沢は意を汲み取った上でちゃんと刑事ドラマ風に返した。頭の回転は速いようだ。
「そう、異捜研の存在理由を示すためにも、このヤマは絶対に我々がとらなきゃならない」
「それって、捜査一課とバチバチやるってことですか?」
今度は大野が言う。
「そうだ、まるで警察みたいだろ?」
「長尾さん、つまり一課と重要な情報は共有せず、自分たちの手柄を最優先して動くってことでいいですか?」
佐藤が不機嫌そうに口を開く。
「葉田、お前はどう思う?」
「不毛だと思います」
長尾から突然飛んできた質問に対し、夕姫はストレートに言い放つ。
「俺もそう思う」
長尾が言う。意外な展開になってきた。
「いいか、今から異捜研の捜査方針を発表する。捜査一課と全面協力しホシをあげることに尽力しろ。自分たちの手柄など優先するな」
「それで捜査一課が解決したら、異捜研の存在理由はどうなるんですか?」
水沢が聞く。少し笑っている。
「市民の安全を第一に考えられない組織に存在する意味はない」
長尾はこういう人間だったのか。織川警視監はそれをわかった上で、長尾を異捜研のリーダーに配置したのか。
「班長、刑事ドラマみたいですね」
水沢がにやけながら言う。大野も頷いている。この二人のことはどうも読めない。
「佐藤と葉田は科捜研に行って話を聞いてきてくれ。俺と水沢、大野は被害者の人間関係を洗いにいく」
「了解」
なるほど、本日三回目の山井に会うわけか。
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いろいろ考えた結果、次は木沢明日香を殺してみることにした。最近とあるきっかけで仲良くなった店の常連客である。福島から上京してきて、今は大手商社で一生懸命働いているらしい。まさか23歳で自分の生涯が終わるなんて想像もしていなかっただろうに。そんなことを考えていると、待ち合わせ場所に木沢明日香が笑顔で現れた。