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Case.2 絶望希望犯②

 班長の長尾浩二、佐藤とともに夕姫が足を踏み入れた現場はまさに異常だった。都内のアパート、部屋の中央にソレは転がっていた。人の形をした赤い塊、という表現が一番近いだろうか。一見しただけでは血まみれの死体に見える。しかしその実、ソレはもっとおぞましいものだった。


「…なんだこりゃ」


 佐藤が涼を含めた四人を代表して疑問を口にする。


「びっくりするだろ?皮が全部剥がされてんだよ。人の皮だぞ?どうやったらこんな芸当ができるんだよ」


 先に現場にいた刑事が教えてくれた。ソレは、皮を全て剥がされた真っ赤な死体だった。頭皮も剥がされているため毛髪はほぼ無いが、体型を見る限り女性だろう。見ただけで異常犯罪だとわかる、異捜研向きの事件だ。


「ひどい…」


 夕姫は口元をおさえた。吐き気を催すのも無理はない。佐藤も無言で何かに耐えている。


「長尾さん、ご無沙汰してます」


 先ほどの刑事が長尾に話しかける。


「五十嵐。これはまた、ショッキングなご遺体だな…」


 二人は顔見知りのようだ。前の部署での知り合いだろうか。


「へぇ、お姉ちゃん、本当に海老連れてんだな」


 五十嵐と呼ばれた刑事が涼を見ながら言う。伊勢海老を連れて歩く夕姫は、署内でちょっとした有名人というわけだ。


「…異捜研の葉田です。海老は…気にしないでください」

「おっと悪かったな。捜査一課の五十嵐だ、よろしくな」


 新たに再結成された捜査一課の刑事。年齢は30代後半といったところか。


「異捜研さん、風呂場を見てみろ。地獄だぞ」


 五十嵐が浴室の方を顎でしゃくる。夕姫たちは浴室へと足を進める。


「…ここで剥いだのか」


 長尾が呟く。浴室はまさに地獄絵図だった。おびただしい血の痕跡、そして被害者の皮と思われる物体や髪の毛が散乱していた。涼は考える。人の皮を剥ぐ際、果たしてどんな道具を使うのだろうか。そして犯人は何のためにわざわざ皮を…。


「この部屋の住人は大原陽子、28歳OL。三日前から無断欠勤しているそうだ。おそらく彼女が…」


 五十嵐が説明してくれた。まだ身元は判明していないが、順当に考えればその大原陽子が被害者だろう。28歳の彼女の身に、いったい何が起きたらあのような無惨な死体になり果てるのだろうか。涼が思いを巡らせていると、異捜研の水沢弘樹と大野愛佳が現場に到着した。そして被害者の姿を確認し、遺体の状況を理解するや否や二人とも現場から姿を消した。吐きに行ったのだろう。いったい何をしに来たのだろうか。


「事件が事件なんで科捜研も呼んである。もうすぐ着くだろう。そんで本庁に戻ったら15時から捜査会議だ。ま、仲良くやろうや、異捜研さん」


 本心なのか嫌味なのか、この五十嵐という男は少し読めないところがある。科捜研ということは山井修平や織川文乃も来るのだろうか。山井は臨場するのを嫌がっていたが、果たして…などと考えていると、くだんの科捜研が到着した。しかもやってきたのは山井と文乃の二人だった。


「科捜研の織川です」


 しっかりと挨拶をする文乃とは対照的に山井はもう死体のそばに歩み寄っていた。


「これはこれは、芸術的なご遺体で…」


 山井が手を合わせて拝む。言動と照らし合わせると、悼んでいるというより神仏に祈っているに近い所作である。


「先輩」

「おお異捜研の葉田警部補、さっきぶりだな。伊勢海老くんも元気そうで何よりだ」


 山井が涼に話しかける。午前中に会ったばかりの山井たちとこんなに早く再会することになるとは思わなかった。文乃も涼のほうを覗いている。


「こんな異常犯罪、十年に一度起こるかどうかだと言うのに、異捜研が設立された途端にコレとは…いやいや、もってますねぇ皆さん」


 山井が嫌味ったらしく言う。少し笑ってさえいる。


「相変わらず不謹慎なやつだな…」


 意外にも佐藤が応対した。佐藤と山井も顔見知りのようである。性格的には相性が悪そうな二人だが。


「これは…状況は事前に聞いていましたが、直視するとなかなかくるものがありますね…」


 文乃が死体を見ながら言う。てっきりもっと取り乱すかと思ったが、意外に平気そうである。さすが警視監の娘といったところか。いや、それは関係ないか。


「さぁて久々の臨場だ。鑑識の皆様の邪魔にならないよう、織川くん、気合い入れて働こうか」


 自分から周囲に敵を作っていくスタイルである山井の言葉を皮切りに、科捜研による科学捜査が始まった。



* * * * * *



 相変わらず賑わう店内を見回す。いつもノートパソコンを開いて仕事をしていた常連客、大原陽子の姿は無い。それはそうだ、この手で殺したのだから。殺してわざわざ皮を剥いたのだから。刃物を突き立てた時の大原陽子の表情を思い出す。飛散した鮮血の匂いを思い出す。人間の皮を剥く感触の不快さを思い出す。そして、料理を口に運んだ。


「…美味しいなァ」


 次はもっと親しい人間を殺してみよう。でも親しすぎると警察に勘付かれてしまうかもしれない。それはまだ避けなければならない。まったく、殺人というのも塩梅が難しいものである。


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