表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

Case.2 絶望希望犯①

 木沢明日香(きざわあすか)は去年福島から上京してきた新社会人だ。大手商社の営業として過酷な毎日を過ごしている。そんな明日香にとっての日々の癒しは、お気に入りの店でパスタを食べる瞬間である。その店を見つけてから明日香はほぼ毎週通い詰めていた。それほどまでにその店のパスタが美味しいのだ。そして今夜もまた、営業の合間で明日香はその店を訪れていた。さて、今日はどのパスタを食べようかと考えていると、若いウェイターの青年が水を運んできた。


「いつもありがとうございます。今日は良いサーモンが入ったので、サーモン系のパスタがオススメですよ」


 常連客である明日香は青年とも顔馴染である。明日香より少し年下、おそらく大学生のアルバイトだろう。白いワイシャツと黒いウェイター服に身を包み、爽やかさを醸し出している彼のことは、前から少々気になっていた。名札には「大下」と書かれている。


「じゃあそうしようかな。このサーモンとほうれん草のクリームパスタで」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 ウェイターの青年は行ってしまった。料理を持ってきた時に何か話しかけてみようと明日香は思った。


「サーモンとほうれん草のクリームパスタお願いします」

「…へーい」


 青年が厨房に注文を伝えると、厨房からはなんともやる気のない男性の声が返ってきた。鼻下に髭を生やしたシェフの声だ。30代後半くらいだろうか。声のやる気が無いのはいつもの事であるが、彼の腕は本物だ。

 料理が運ばれてくるまでの間、明日香は店内を見渡してみる。そこまで広い店ではないが、味の評判もあって客入りは盛況である。何人か見知った顔を発見した。明日香と同じ常連客である。談笑している大学生風の男女、同じく談笑しているスーツ姿のサラリーマン二人、スマホをいじっている初老の女性。ただ今日はよく見かける社会人と思しき女性は見当たらなかった。いつもノートパソコンをいじっている、20代後半くらいの女性だ。まぁもちろんそういう日もあるだろうが。

 それから少ししてウェイターの青年が注文したパスタを運んできた。出来立てのクリームパスタである。


「お待たせいたしました、サーモンとほうれん草のクリームパスタです。ごゆっくりどうぞ」

「あ、あの…」


 明日香は勇気を出してウェイターの青年に声をかけた。



* * * * * *



 警視庁刑事部異常犯罪捜査研究所、通称『異捜研』は捜査一課と同じフロアに併設されている。文乃の父である織川警視監の下、夕姫いわく元捜査一課で優秀と評されたメンバーを主軸に構成された小さな組織だそうだが、その内実としてはつまるところ捜査一課の分室と言ったところだろう。異常犯罪と思しき事件が発生した際に出動し捜査をするチーム、というのが便宜上の位置づけらしいが、事件が起きるたびに異常犯罪かどうかの判断が下されるのかと思うと滑稽である。ドラマなどでよく見る、いわゆる捜査一課に煙たがられる存在になること請け合いの組織だ。ちなみにそういった捜査一課との折衝をなるべく防ぐため、「課」ではなく「研究所」という名称になっているらしい。課同士で争うのではなく、あくまで科捜研的な位置づけで捜査する組織、それが我ら異捜研、とのことである。

 異捜研の現場の捜査メンバーは現状まさかの五名で、班が一つあるだけという構造になっている。元捜査一課の長尾浩二(ながおこうじ)警部、佐藤要警部補、葉田夕姫警部補、水沢弘樹(みずさわひろき)巡査部長、大野愛佳(おおのまなか)巡査の五名がその班員である。夕姫はキャリアのため階級は警部補になるが、年齢は一番年下である。もともと夕姫とバディを組んでいた佐藤もまた、同じく異捜研へ異動する運びとなった。ラブホテル連続殺人事件を解決した二人、ということで評価されているが、少なくとも夕姫に関する評価は涼のおかげである。班長である長尾、水沢、大野の実力は現状不明だ。


「ただいま戻りました」

「おお。涼くんもおかえり」


 夕姫が戻ると班員は佐藤しかいなかった。そう、秩父の事件解決後、夕姫は佐藤に涼のことを告白したのだ。最初はもちろん半信半疑どころか全く信じていなかった佐藤も、科捜研でも行った実証実験などを経て、最終的には涼の存在を信じることになった。あの事件で夕姫が突然佐藤に推理を披露し、見事真相に辿り着いたのはさすがに不自然に思っていたらしく、これで少しは納得がいったと佐藤は苦笑していた。

 ちなみに佐藤以外のメンバーには涼のことは伝えていないため、夕姫は常に伊勢海老を連れている変な刑事だと思われている。しかし異捜研は変わった刑事がいても仕方がない、むしろそんな刑事がいた方がテレビドラマっぽい、などといった残念なムードのおかげでもはや誰も夕姫に突っ込まなくなっていた。


「ほかの人たちはお昼ですか?」

「水沢と大野は昼で、長尾さんは捜査一課に」


 そう言うと佐藤は同じフロアの捜査一課のほうを顎でしゃくった。


「呼び出しですか?」

「事件かもな」


 異捜研が新設されてから一週間、夕姫たちが出動する事件は起きていなかった。


「ついに異常犯罪が…」

「起きないに越したことは無いけどな」

「ですよねぇ。私たちの存在ってパラドキシカルですよねぇ」


 などと二人が話していると長尾が戻ってきた。


「残念なお知らせだが事件だ。今から現場に向かう。水沢大野にもすぐに連絡してくれ」

「それってつまり」


 夕姫が言い終える前に長尾が答えた。


「異常犯罪だよ異常犯罪。報告を聞く限りじゃとんでもない現場だそうだ。葉田、昼飯もどさないようにな」

「…食べてないので大丈夫です」


 三人は現場に向かう準備を始めた。異捜研初の事件の幕が上がる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ