Case.1 ラブホテル連続殺人事件⑪
「待て…待て待て、これは何の騒ぎだ?」
銃を向けられた秩父良太が口を開いた。言い訳ができる状況かどうかは火を見るより明らかである。
「俺は…ただその子とホテルに来ただけだ。プライベートなんだよ」
「…秩父さん、ならその鞄の中身、見せてくださいよ」
佐藤要が言う。犯人に対する命令と言うよりは、信じていた先輩刑事に対する懇願に近い言い方だった。涼の視界の片隅で、秩父と一緒に部屋にいた女性が別の刑事に保護されるのが見えた。
「おい佐藤ちゃん、やめてくれ。その物騒なもんを下ろしてくれよ、な?」
「…葉田、鞄を」
佐藤に言われ、夕姫が動く。
「おい、葉田ちゃん!」
「動くなッ!!」
夕姫を止めようとする秩父に対し、佐藤が怒号を放つ。夕姫はその隙に秩父の鞄を取り、そして開いた。中には大量の黄色い花が入っていた。
「…フリージアです」
「…秩父良太、連続殺人の容疑で逮捕する」
佐藤が容疑を言い渡し、一歩前に進もうとしたその時、秩父は突然自分のスーツのポケットに手を入れた。
「秩父ッ!!」
「佐藤ちゃん、そう叫ばないでよ」
秩父が取り出したのはスマホだった。
「娘に…電話くらいかけさせてくれよ」
「…秩父さん」
夕姫が悲痛な声を漏らす。
「いいだろ、最後に声を聞くだけだ」
「…秩父さん!…友莉ちゃんは、もういません」
夕姫が秩父に真実を突き付けた。秩父も本当は知っているはずの、真実を。
「…は?」
秩父の動きが止まる。
「先ほど、秩父さんの家を家宅捜索し、友莉ちゃんの遺体を発見しました。死後一週間は経っていると思われます」
「おいおい葉田ちゃん、何言ってるんだ?友莉は生きてるぞ?」
「そうやって…警察署でも友莉ちゃんと電話しているふりをしてたんですよね」
「…ふり?お前ら、本当に何言ってるんだ?おい!おい!!」
秩父の様子が変わる。
「友莉!友莉!!助けてくれ!!こいつらがお前は死んでるって言うんだよォォ!!」
取り乱した秩父がスマホを耳に当て叫ぶ。佐藤と数人の刑事が暴れようとする秩父を押さえつけ、その手に手錠をかけた。
「…23時55分、犯人逮捕」
押さえつけられ、スマホを落としてもなお秩父は叫び続けた。
「友莉!ああああああああ!!ふざけんな!!!なんなんだお前ら!!!友莉は生きてるんだァァ!!」
* * * * * *
「事件の全容が、ほぼ明らかになったわ」
夕姫が涼に話し始めた。秩父の逮捕から三日が経っていた。
「秩父さんの娘、友莉ちゃんは援助交際をしていたの。そしてその結果妊娠が発覚し、家で自殺を図った。これは家にあった友莉ちゃんの日記に書かれていたわ。男手ひとつで友莉ちゃんを育てていた秩父さんだったけど、最近は仕事の多忙さも相まってあまり家に帰れてなかったみたい」
帰宅したら一人娘が自殺していた、それを目の当たりにした秩父の絶望は正直計り知れない。
「友莉ちゃんの死体を見て絶望した秩父さんは、そのまま日記を読み、望まれない妊娠を知り、そして壊れてしまった。友莉ちゃんの死体の下腹部を切り裂き、そこにまるで純潔を取り戻すかのように百合の花を詰め込んだそうよ。友莉ちゃんの死体が置かれたいた部屋は、発見時大量の百合の花が散乱していたけど…一種の儀式だったんでしょうね」
自分の娘と同じ名前の、純潔を表す花。死体損壊の罪だけで終われば良かったが、秩父は凶行に走った。
「友莉ちゃんは、自分の18歳の誕生日に命を絶ったそうよ。だから…というのもおかしいけど、秩父さんは19歳から順番に援助交際をしている子たちを殺害した。わざわざ花に関係のある名前の子を探し出してね。友莉ちゃんが生きるはずだった未来の年齢を生きつつ援助交際をしている子たちを、憎悪の対象として見ていたと供述しているわ」
確実に異常犯だが、涼の推理した動機とほぼ合致する。
「犯行に百合の花を使わなかったのは、友莉ちゃん自身を穢してしまうように思えたからだそうよ。純潔の花言葉を調べ、フリージアに辿り着くも赤いフリージアが用意しづらかったため、黄色いフリージアを血で染めて代用することを思いついた」
ここまではロジック的に納得できる。さて、唯一わからないのは山寺美咲が殺された理由である。
「…山寺美咲に関してはなんて証言してるんだ」
「…うん」
夕姫が押し黙る。そして少しの沈黙ののち、再び口を開いた。
「…美咲はね、パパ活でもしようかなって、秩父さんの前でそう言ったんだって」
夕姫の声が震える。
「秩父さんのこと、お父さんって呼んでたから、その流れで、絶対美咲は冗談で言ったんだよ」
そうだろう。そしてそれが秩父にとってのトリガーでもあった。
「…その時、秩父さんはもう壊れてたから。美咲のことも、援助交際をする汚い女だって思って、それで」
さすがにやりきれない理由だった。
「…秩父はどんな様子なんだ。反省しているのか?」
「今は反省してるみたい。取り調べにも協力的だし、美咲を殺したことも悔やんでる…でも…」
「…犯行時は心神喪失状態だった」
「…そう、そこがきっと今後の争点になる」
「…厄介な時代だな」
事件が終わった。涼の身体は相変わらず伊勢海老のままだが、ひとつ変わったことがあった。
「今日は久々のオフだからさ、美咲のお墓参り行こっか、涼くん」
「もういっせーじゃなくていいのか?」
「君の推理力は正直頼りになる。警察という組織で私が成り上がるため、これからも協力してもらうって決めたの。だからせめて、パートナーは名前で呼ぼうと思ってね」
どのみち元の身体に戻る方法もわからないのだ。涼の声が聞こえる夕姫と一緒にいることは、涼にとってもマストである。女刑事と伊勢海老、下手なラノベじゃあるまいしとも思うが、まぁしばらくは夕姫に協力して世話をしてもらうしかない。
「出来の悪い女刑事を助けるのはまぁいいとして、そう都合よく推理が必要な事件が舞い込むとは思えないけどな」
「喋る伊勢海老を助けるよりははるかにマシだと思うけどね。あと、今までよりはそういう事件に遭遇する可能性が高くなるかも…」
お互いに軽口をたたき合った後、夕姫が妙なことを言う。
「それってどういう意味だ」
「まぁ、そのうちわかるよ。さて、行くよ」
回答を先延ばしにされたまま、涼は外に連れ出された。何かが変わる予感がした。
* * * * * *
通称「ラブホテル連続殺人事件」。希代の猟奇殺人犯が現役の、しかも捜査一課の刑事だったという事実は、隠蔽されることも無く即座に世に知れ渡った。その被害者の一人が、犯人の部下だった女性であるという事実もまた、事件の話題性を助長した。結果、ただでさえ連続殺人を止められないことで失墜していた警察への信頼は、もはや皆無となった。そして残っているのかどうかもわからない体裁を保つため、警察上層部は捜査一課に事実上の解散命令を下した。前代未聞の出来事である。警察組織の改編が始まる。