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Case.1 ラブホテル連続殺人事件⑩

 都内のラブホテルの一室、今、夕姫たちの目の前には犯人がいる。夕姫たちが密かに尾行し、ホテルの部屋に入るのを見計らって踏み込み、現行犯で押さえたのだ。犯人が人質をとるなどの凶行に及ばないよう、佐藤は銃を向ける。


「なんで…、どうして…」


 あれだけ憎かった犯人と対峙し、夕姫の口からこぼれたのはこんな言葉だけだった。今朝、夜明けの部屋で夕姫に話した涼の推理が今まさに証明されようとしている。



* * * * * *



 17時間前


 夕姫のスマホで「彼」の顔を確認した涼は、動揺する夕姫に自分の推理を話し始めた。


「今から俺の推理を端的に説明する。物的な証拠はないが、まぁ聞いてくれ。まずこの犯行には規則性がある。犯人はあるルールに則って犯行を行っている」

「…ルール?」

「ああ。それは被害者全員が援助交際をしていたであろうこと、名前に花に関係する単語が含まれていること、そして年齢が1歳ずつ上がっていることだ。19歳、吉田すみれ。20歳、井上彩芽(いのうえあやめ)。21歳、森見結花(もりみゆか)。22歳、篠川もも。そして23歳、山寺美咲。犯人は年齢と花に固執している」

「…気づかなかった。美咲の名前にも咲くっていう漢字が入っている…」

「そうだ、そのルール上にいたから山寺美咲は殺されたんだ…。そして花と言えばもうひとつ、フリージアだ。女性の性器から下腹部を切り裂き、そこに黄色いフリージアを詰め込む、この行動が意味するのは、犯人が被害者にどうしても突き付けたい純潔というメッセージだと考えられる。下腹部は女性が妊娠する場所、そこを切り裂きフリージアを赤く染める、この背徳的な行動によって犯人はその歪んだ欲望を満たしている。そしてこの行動の過程に、違和がある」

「…違和?」

「純潔の花言葉を持つフリージアは赤色であり、赤色のフリージアは希少なので入手しづらい。だから犯人は黄色いフリージアを赤く染めて代用しているのだろうが、そもそも純潔の花言葉をフリージアに託すのは不自然だ。どんな花屋でも簡単に入手でき、わざわざ色を変える必要もなく、純潔の花言葉を持つ代表的な花があるだろう」

「…百合」

「そう。普通に考えれば犯人は百合の花を使ったほうが効率的なはずだ。だが使わなかった。それはなぜか。最初はフリージアをあえて使うことに意味があるのかと思ったが、別の考え方もできる。犯人は、百合の花を犯行に使えなかったんじゃないか、と」

「…百合…ユリ…まさか」

「…被害者の血で穢すことができないほど、ユリという単語は犯人にとって重要だった。例えば、娘の名前がユリだから」

「友莉ちゃん…。でも…、そんな、本当に?」

「夕姫…、犯人は、秩父良太だ。俺は秩父を、あの日目撃している」


 夕姫の上司、そして美咲とバディを組んでいた秩父良太、彼こそが涼があの日街で見た男だった。変装せずに街を歩いていたのは秩父の失策だろう。そしてその瞬間を涼に目撃されていたのが秩父の不運だ。

涼は秩父の声は警察署で聞いたことがあったが、顔を見る機会が無かった。山寺美咲のように秩父が涼の水槽を覗き込めば、その時点で涼は犯人に辿り着けただろう。よしんば顔がわからなかったとしても、警察署で声を聞いた時点でそれがあの日に街で聞いた声と同じだと気づければ、山寺美咲の命は救えたかもしれない。涼はそれが悔しかった。


「事件現場に出入りできる現役の刑事が犯人なら、現場に犯人の痕跡が無かった件も説明ができる。実際は痕跡が無かったわけじゃない。痕跡はあったのだろう。だが警察関係者なのだから立ち入った現場に痕跡があるのは必然という先入観のもと、容疑者の候補に上がらなかったんだ」

「…そっか、秩父さんなら美咲を呼び出せる。だから美咲は一人でホテルに行ったんだ」

「秩父と山寺美咲が男女の関係だった可能性もあるのかもしれないが、まぁおそらく犯人がわかったとでも言われて呼び出されたんだろう」

「…うん。でもなんで、どうして秩父さんがこんなことを?美咲を…なんで!」


 山寺美咲に関しては、バディを組んでいた彼女が秩父が犯人であることに気づき、それを告発しようとして殺されてしまった可能性はある。だがほかの犯行に関しては…。


「…動機はわからない。おそらく異常犯だ、明確な動機があるかどうかも不明だが、ルールのことを考えるとその娘がキーだろう」

「友莉ちゃんが…?」

「想像の域は出ないが…。事件の概要を信頼のおける刑事に話し、秩父の家の家宅捜索を行ったほうがいいだろう。そして家から物的証拠が出れば良し、出なかったなら、秩父は現行犯で押さえるしかない」

「現行犯…」

「今までの犯行頻度を見る限り、秩父はまた今夜にでも新たな犯行を犯す可能性がある。尾行するんだ。そしてこれ以上被害者が出る前に、秩父を止めるんだ」

「…そうだね。佐藤さんに連絡する」


 そう言うと、夕姫は佐藤要に電話をかけ、涼のことを説明しても信じてもらえないだろうから、便宜上自分が気付いたという体裁で事件に関する推理を説明し始めた。佐藤要がどこまで納得するかは不明だが、家宅捜索か秩父の尾行、そのどちらかにさえ協力してくれれば事件も大詰めだ。朝焼けが差し込む部屋に微かに残る夜の帳に向かって、涼は一人静かに呟いた。


「さて、クライマックスだ」


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