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Case.1 ラブホテル連続殺人事件⑨

 明け方の部屋で、夕姫は事件の概要を涼に説明し始めた。


「…今回の事件、通称ラブホテル連続殺人事件。最初の事件が起きたのは12月17日。豊島区のラブホテルの一室で若い女性の他殺体が発見された。被害者の年齢は19歳、名前は…吉田すみれ。部屋の状況は異様で、ベッドの上に全裸の遺体が置かれ、その周りには黄色いフリージアの花びらが散乱していた。死因は下腹部を鋭利な刃物で切り裂かれたことによる出血性ショック死。この下腹部の傷は…女性器から腹部にかけて一直線で切り裂かれていたわ。そしてその傷の中に…大量のフリージアが詰め込まれていた」


 夕姫は少し躊躇しつつ被害者の名前まで涼に教えてくれた。涼の知り合いである可能性にかけたのかもしれないが、涼は夕姫の情報開示を少し嬉しく思った。それにしても予想していた現場状況とは言え、改めて聞くとおぞましさを感じる。まともな感覚の人間の犯行ではない。


「ラブホテルのロビーには防犯カメラが設置されていただけれど、そこに映っていたのは顔を帽子とマスクで隠した大型の男と被害者の女性。男は犯行後、一人でホテルを出てる。現場が現場なだけに部屋からは多くの人間の痕跡が見つかってるんだけど…妙なことに二件目以降の現場に残された痕跡と一致する人間が一人も見つかっていない。犯人の痕跡が完全に消されている可能性が高い。科捜研が頭を悩ませてるわ」


 現場に痕跡を一切残していない犯人。念入りに証拠隠滅を図ったのか、あるいは…。


「二件目の事件は12月18日。今度は渋谷区のラブホテルで井上彩芽(いのうえあやめ)、20歳が同様の手口で殺害されたわ。事件現場も一件目と全く同じ。被害者の下腹部の裂傷には大量のフリージア。この時点で同一犯による連続殺人が決定した。監視カメラに関しても一件目と同様。そして三件目は12月20日、再び豊島区のラブホテルで森見結花(もりみゆか)、21歳の死体が発見された。この事件の聞き込みの時、生け簀の中にいるいっせーと出会ったの」


 四日間で三人、怒涛のペースで犯行を重ねている。


「四件目は12月22日、昨日…いや、もう一昨日か。これはいっせーも一緒に行った現場よ。被害者は篠川もも、22歳。足立区のラブホテルで発見された。そして…五人目が12月23日、いや日付的には12月24日かな。…山寺美咲、23歳」


 五人の被害者の情報を聞き終えた時、涼は被害者に共通する妙な規則性に気づいた。


「被害者たちに接点はなく、共通点も若い女性ということ以外は見つかっていない。犯人がスマホを持ち去ってしまっているのでSNS上での繋がりはまだ調べ切れてない状況。…ただ、友人への聞き込みをした際、二人目の被害者、井上彩芽は援助交際をしていたという話が出たの」


 まぁそうなるだろうな。


「殺害現場がラブホテルである点、犯人の推定年齢が三十代以上である点を加味すると、やはりほかの被害者も同様に援助交際をしていた可能性が高い。被害者たちはおそらくSNSを通じて犯人と連絡を取り合っていたはず。今はその痕跡をサイバー課が調べている最中よ」


 犯人がスマホを持ち去ったのはやり取りを見られたくなかったためだろう。なんにせよ、連絡に使っていたアカウントは犯人の手によってもう削除されているだろうが…。それより気になるのは、山寺美咲が殺害された理由だ。


「山寺美咲は…援助交際をしていたのか?」


 涼は思い切って聞いてみる。現職の警察官が援助交際をして殺されたなど、シャレにならない気がするが。


「聞いたことないし美咲がそんなことするわけがない。美咲の現場、他の現場とは違う奇妙な点があったの。ホテルの監視カメラの映像なんだけど、まず犯人が一人で部屋に入ってるの。それから約15分後に、今度は美咲が一人でホテルにやってきてた。…美咲は犯人に気づいたのかもしれない。ホテル街を貼り込みしてて、犯人を目撃して、それで部屋に…!」


 その可能性は無いわけではない。ただ、誰にも連絡せずに単身で犯人のもとへ乗り込むとは考えにくい。そしてこれは偶然なのだろうか、山寺美咲も先ほどの規則性に符合しているのである。


「…捜査の方向性としてはホテル近辺の目撃情報をメインに探ってるけど今のところ有力な証言は無し。また事件に大量のフリージアが使用されていることから、都内の花屋での聞き込みをおこなってるけどこちらも収穫はない状況よ。複数の店舗でフリージアを購入しているのか、または家で栽培しているのか。そもそもこのフリージアになんの意図があるのかは、まだ推定しきれていないわ」


 フリージアに関しては、涼の中では仮設が立っている。援助交際をしていた被害者たちに叩きつける「純潔」、それが犯人の伝えたいメッセージなのだろう。まぁどのみち、それは犯人の動機方面の話なので、いくら考えても推定の域は出ないが。それよりもわざわざ黄色いフリージアを赤く染めてまでフリージアにこだわる理由が気になる。これも動機方面のこだわりなのだろうか…。


「以上が今回の事件の概要よ。何か質問は?」

「…被害者たちの名前、もう一度教えてくれてないか」

「ちょっと待って」


 夕姫はバッグから資料を取り出して、それを伊勢海老である涼にも見えるように広げた。そこには被害者たちの名前、そして顔写真が載っていた。吉田すみれ、19歳。井上彩芽、20歳。そして森見結花…ん、こいつ…。三人目の被害者、森見結花の顔に涼は見覚えがあった。セミロングの茶髪、目鼻立ちのはっきりとした顔立ち…こいつ…最近どこかで…。涼はここ数日記憶を辿る。伊勢海老になった後、夕姫と巡った街、病院。伊勢海老になる直前、ホテル街、そのさらに前…一人ぶらついていた師走の街…。そこまで辿った時、涼は思い出した。森見結花が殺害された12月20日、涼は街で彼女を見かけていたのだ。


「…この三人目の被害者、街ですれ違った」

「…え?」

「12月20日、俺が車に…いや、背負い投げをくらう直前、俺は街でこの女とすれ違ってる」

「すれ違った人を覚えてるの…?」

「…あの日、俺は彼女にフラれて自暴自棄になっていた。街をさまよい歩き、すれ違うカップルを観察しては一人批評してたんだ」

「…え?何その非生産的な行動」


 涼は無視して続けた。


「その中の一組の女が、この森見だ。間違いない」

「…カップルだったんだよね?相手も見た?」

「ああ…、森見は、俺がパパ活を疑ったカップルだ」

「パパ活…!それって」

「一緒にいたのは四十代くらいの恰幅のいい男だ。そいつがあの後ホテルに行き、森見を殺害した、そう考えて問題ないだろう」

「…その男の顔は?」


 ある程度は覚えてる、そう答えようとした時、涼は男の声を聞いたことを思い出した。あの日、森見結花とすれ違う瞬間、二人は何かを話していた。その時の男の声がふと脳裏に蘇ったのだ。あの声は…。涼の中でパズルのピースが次々と組み合わさっていく。被害者たちの規則性、フリージアを使用した理由、あまつさえ犯行現場から犯人の物証が出ない理由…、すべてに一通りの説明がつく。あとは犯人の顔さえ確認できれば…。



* * * * * *



 山寺美咲を殺したことで多少計画が狂ってしまったが、大局には影響は無い。現に私はこうして六人目の女を連れ、ホテルにいる。受付で部屋の鍵を受け取り、エレベーターに乗る。部屋番号は403、ここが今回の儀式の舞台だ。部屋の鍵を開け、中へ入る。まずは女にシャワーを浴びさせなければ。その間に儀式の準備を…などと考えていると、部屋のドアの鍵が開けられる音がした。馬鹿な、ラブホテルの部屋のドアが外部から開けられるはずは…。


「そこまでだ!」


 刑事が部屋に入ってくる。なぜ…この場所が。六人目の女に目をやると、女は何が起きたのかわからないといった様子で固まっている。…尾けられたのだろうか。こういった場合、どうすればいいのだろう。ああ、あの子に意見を仰がなくては…。


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