表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

プロローグ

 青年はすれ違うカップルの顔を一瞥しては、その顔面レベルを評価することに精を出していた。


「こいつよくこんな女連れて歩けるな」

「まぁこの程度の顔のやつはこの程度の顔のやつと付き合うよな」

「ってかこいつらってなんで付き合ってんだろ。一人じゃ生きていけないのかな」

「あのおっさん、なんであんな若い子と…パパ活か?」

「あ、可愛い。男は…まぁさわやかな感じか。早く別れろ」


 もちろん声には出さないが青年は心の中は負の感情で溢れていた。その大半が単なる嫉妬であることに青年自体気づいてた。そしてなぜ自分の心がここまで荒んでいるのかにも。

 青年の名は夏樹涼。20歳。昨日、二年間付き合った彼女に別れを告げられ、失意の底に叩き落された。その夜は号泣しながら友人を呼び、得意でもないお酒の力を借りて現実からの逃走を企てた結果、缶ビールを二本空けたところで涼の記憶は無くなった。

 夕刻、途轍もない気だるさと途方もない喪失感に包まれながら目覚め、家にいても全くやることがないので、特に行く当てもなく街を徘徊することにして今に至る。最初は傷心に吹き荒ぶ師走の風を心地よく感じたりもしていたが、歩き始めて10分も経たないうちに寒風はただの苦痛に変わった。

 街ゆくカップルを見て相対的に自分を慰めることがどれだけ非生産的な行為であるか気づきつつも、いやそれどころかますます自分が惨めになっていくことを感じつつも、涼はもうどうしたらいいのかわからなかった。

 女性に別れを告げられたのは初めての経験だったし、何なら女性と付き合ったのも初めての経験だったわけで、もう二度と自分のことを好きになってくれる人が現れないのではないかという絶望的な焦燥感に襲われていた。失恋の痛みは時間が、または新しい恋が癒してくれる、などということをよく耳にするが、今の涼にその真偽を確認する術はなかった。

 それから彼女、いや元カノとの思い出を逡巡しながらしばらく歩き、繁華街を抜けた涼の眼前には、あろうことかホテル街が広がっていた。妖しく輝くネオンと、それに誘われホテルに消えていく数組のカップルを呆然と見つめたのち、もう家に帰ってまたお酒に溺れようと思い立ったその時、ふと視界の片隅によろよろと歩く女性の後ろ姿を捉えた。女性は一人だった。少なくとも周囲には同伴者と思われる人間がいなかった。女性は酔っているのか、覚束ない足取りで大通りに出ようとしていた。

 涼はイヤな予感がした。歩行者用の信号が赤だったからだ。さすがに気づいて止まるだろうか、と涼が思ったのとほぼ同時に彼女は大通りによろけるように飛び出した。涼は考えるより前に走り出していた。人間って本当に考えるより前に動くことがあるんだな、などと考えながら走った。

 クラクションが鳴り響き、車のライトが彼女の側面を照らす。涼は無我夢中で彼女に手を伸ばし、服を掴み、引き、そしてその結果、涼自身が吹き飛んだ。息が止まるような衝撃ののち、地面と思しき場所に叩きつけられた。何が起きたのかよくわからない。そしてそれからワンテンポ、いやツーテンポほど遅れて頭部に強い痛みを感じた。

 涼にとって完全に予想外だったのは、自分がこのような行動に出ることだった。見ず知らずの人間を助けるべく車道に飛び出すなんて、愚かだと思っていたからだ。しかも救おうとしたのがボール遊びをしていた小さな子どもではなく、泥酔している大人だなんて。結局、あの子は無事だろうか。耳がよく聞こえない。というか自分は無事なのだろうか。意識が遠のきそうな気がする。このまま死ぬのだろうか。様々な疑問が涼の頭に浮かぶ。そんな中、最後に浮かんだのは、極めてファンタジックな疑問だった。


「こういう場合、転生したら異世界だったみたいな話よくあるけど…案外…俺も……」


 涼にとって殊更に予想外だったのは、本当に転生的なことが起きたことだった。さらに輪をかけて予想外だったのは異世界どころか人間ですらなかったことだった。涼が転生したのは伊勢海老だった。料亭の生け簀の中にいる伊勢海老だった。甲殻類だった。エラ呼吸だった。




これは伊勢海老になってしまった青年と、

青年の声が聞こえる女刑事が難事件を解決していく物語である。


『異世界かと思ったら伊勢海老だった』



Case.1 ラブホテル連続殺人事件



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ