番外05 現代の海賊
島国から沖に出た海上。一隻の漁船が魚を獲っていた。
「今日も大漁大漁」
「はやく帰ってせりに出すべ」
漁師達が口々に言う。
その時、漁船に黒く塗装された怪しげな船が近づいていた。
「ありゃなんだ?」
一人が口にした途端、
黒い船からスピーカーで異国語が発せられる。
もちろん、漁船の漁師達には伝わらない。
しばらくすると、黒い船の上に旗と、
舷側からは幾つもの機関銃が顔を出した。
その船が掲げる黒い旗には、骸骨化した象の絵が描かれている。
「あれは、シーエレファントの船だぁ!」
「仕方ねえ。魚を捨てて逃げるべ」
捕まえたばかりの魚達が、漁船から海に次々と逃がされる。
黒い船の機関銃が、ゆっくりと引っ込んで見えなくなる。
これ幸いとばかりに漁船はその場から逃げ出した。
黒い船がその後を追うことはなかった。
「釣りに行かない?」
珍しく、モエルからのお誘いの電話だ。
英知は二つ返事でOKした。
「じゃ、明日早朝、宮殿でね」
電話が切れた。
ちなみに明日は普通に学校がある。
よし、サボろう。英知は即決した。
翌日、宮殿にて。
英知は、白い船を見上げていた。
全長は15メートルくらいだろうか。
例によって、白い翼が、船の上の方にあちこちくっついている。
英知と天使数名が船に乗り込む。
「さあ、出発!」
モエルの掛け声とともに、船は浮上し、宮殿を飛び出た。
船を操縦しているのはムカエルである。
翼の生えた船は速度を上げ、海の方角に向かって
突き進んでいく。
やがて、眼下に海が見えた。
陸地が遥か遠のいた所で船は高度を下げ、
海へと着水した。
波は穏やかで、船の揺れもごくわずかだ。
天使達は釣り竿を持ち出して、釣り針に餌を付けていた。
英知も釣り竿を渡される。
「天気も良くて、気持ちがいいわね!」
モエルが言う。
「これって食べるために釣るの?」
英知が疑問を口にする。
「ええ、そうよ。釣り上げた魚は、
天使一料理がうまい、マカナエルが調理してくれるわ」
モエルは嬉しそうだ。
「天使って、何か食べては駄目なものってあるの?」
「ほとんど無いわね。強いて言えば、人間や虫は食べないわ。
人間は、天使の姿を元に作られた生き物だから
食べるという発想に至らないわ。
虫の場合は単に、見た目が気持ち悪いからかしら。
あ、カエルは好んで虫を食べてたわね。
ところで、何でそんなことが気になるの?」
モエルが聞き返す。
「いや、宗教では特定の肉が駄目とかあるからさ。
天使達にもそういうのあるのかなって」
「エル様が直々に禁止すれば皆従うけど、
エル様って細かいルール決めるとかあんまりされないのよね」
「ふーん」
英知とモエルは会話しながら、釣りを楽しむ。
英知の釣り竿がくっと引いた。
英知は糸を切らないように気を付けながら、リールを回す。
やがて、獲物が海面まで引き寄せられる。
イカだ。
英知は釣りあげたイカから慎重に針を外す。
「やったね、英知」
「ああ、うん」
モエルとハイタッチする。
二時間ほど経過しただろうか。船に積んである水槽には
多くの魚介類が泳いでいた。
「あんまり釣ると食べきれないし、そろそろお開きにしましょ」
モエルの提案に、天使達も賛同する。
「モエル、向こうに船が見えます」
天使の一人が指さした先には、いつの間に現れたのだろうか、
黒い船がこちらに向かって進んでくる。
全長は、こちらの船よりやや大きい。
黒い船は、天使達の船と並走を始めた。
スピーカーから、異国語が発せられた。
天使達には言葉が伝わったようだ。英知は分からなかったが。
「『今すぐ海の生き物を解放せよ。さもなくば銃撃する。
我らは海の守護者、シーエレファントなり』ですって?」
モエルは異国語を大声で発する。
「『お断り』って言ってやったわ。
こちらの楽しみを奪われてたまるもんですか!」
黒い船の上には独特の旗が掲げられ、
舷側から数丁の機関銃が、こちらの船を狙っている。
「タエル!コラエル!銃の注意を引き付けて!
英知は船内に隠れなさい!」
モエルがその場を指揮する。
英知は船内に避難しながら、スマホでシーエレファントについて調べる。
ウェブペディアという辞典サイトに、情報が載っていた。
シーエレファント。
エコテロリスト、または海賊とも呼ばれる集団である。
海洋生物の保護を謳い、漁船などに獲物の解放を強要する。
従わない場合は、漁船を銃撃し、
漁船の乗組員を射殺することも厭わない。
この集団は、思想に賛同する国々からの寄付金で生計を立てている。
「物騒だなあ」
英知は独り言ちる。
ちょっとして、モエルが船内に入ってきた。
「援軍を呼んでくるわ」
そう言うと、床に描かれた六芒星を踏む。
モエルの姿が瞬時に消えた。
転送装置、この船にも設置してあったのか。
英知は残された天使達を見る。
船内にはムカエルとマカナエル、船外の甲板には
タエルとコラエルが仁王立ちしているのが窓から見えた。
タエルとコラエルが銃撃された。
だが、弾丸は天使達の強靭な体に次々と跳ね返されているようだ。
そうこうしてるうちに、モエルが天使を一人連れて現れた。
恒例の、スマホチェックをする。
名前:シタガエル
力:動物や機械など、動けるものを支配し、操る。
ただし、支配耐性を持つ者には無効。
シタガエルが船外に飛び出して、
船の上5メートル辺りに浮遊し、静止する。
銃撃が唐突に止んだ。
続いて、黒い船の船内から、20人ほど人間が現れた。
約20名は甲板に整列すると、座り込んで頭を下げた。
いわゆる土下座の姿勢だ。
「どう処分しますか?」
モエルのスマホを通じて、シタガエルが危ないことを言う。
「そうねえ、彼らの大好きなお魚さんの餌食になって貰おうかしら」
モエルも大概にして下さい。
「待って。なんで殺すこと前提で話が進んでいるの?」
英知が口をはさむ。
「天使に対してあからさまな敵対行為をした者は皆殺し。
これが慣例よ」
「もうちょっと穏やかな方法に出来ないかな?」
「例えば?」
英知はちょっと考えて、言う。
「抵抗出来ないように縛り上げて、祖国に帰ってもらう。
出来れば、二度と暴れられないようにするのがいいかな」
「ちょっと甘いけど、まあいいわ、それで。
同じ人間のお情けに感謝することね。そう伝えて、シタガエル。
さてと、更に人手が必要ね」
モエルは六芒星を踏んで消えてしまう。
しばらくして、モエルがまた天使を連れてきた。
スマホチェック。
名前:サシカエル
力:いろいろな物を差し替える。
「シタガエルの支配力は一時的なもの。
だから、私達の命令に従うように記憶を差し替えてきて、
サシカエル。
あ、天使遭遇の記憶も消しておいてね」
サシカエルは頷くと、船外に出て、黒い船の乗組員達の前に立った。
「これでいいわね?」
モエルが英知に聞く。
「うん、ありがとう」
こうして、シーエレファントとの一件は幕を閉じた。
その後、シーエレファントから20人ほど脱退者が出たとかなんとか。