2―4 女王様のメイド
少女はしばらく行方をくらましました。司書の仕事をやめ少女を探していると、都のはずれにある低い身分の街並みの宿で再会しました。少女から声を掛けてきてくれたのです。旅の準備が整ったらすぐにでも出発するつもりだと言います。
「もう政治や城がからむ場所には居たくはありません。一度抜かれた剣は、いつまでも敵を作り続けるようです。しばらくは途方もなくさすらうつもりです」
かくして、すこし頬がこけた少女と二人で、早朝の人通りが少ない時間に出発しました。都と街道を結ぶ大きな橋は、大きな運河を結ぶたいへん立派な石造りです。やってくる旅人は、橋の立派さと街並みの大きさ、城の美しさに心を打たれると言います。しかし背を向けて去ろうとすれば、橋の立派さはかえって空しく感じました。
ふと、橋の対岸にある大きな宿に女の人影がありました。かつて命を救った事のある、女王側近メイドの一人です。メイドは少女を見ると、大急ぎで宿に引き上げていきました。程なく、フードを被った女性が現われました。その立ちふるまいから、女王様に間違いありません。少女は戸惑いながら女王様に近づいていきます。
「亡国のナイト、それも一人で敵国の部隊と互角にやりあった名のある人物とあっては、まわりが謀略を疑わないほうが無理よ。せめて私が最初からそれを知っていれば、まだ守れたかもしれないけれど。これは私からのお詫びとして受け取ってほしい。きっと望む場所で身を隠すことができるでしょう」
それは女王直筆の紹介状でした。少女はそれをおずおずと受け取りますが、女王様と目を合わせません。
「紹介状なんていりません。ただ、私を今ここで抱きしめて、キスをしてくれたらそれで十分です」
けれども、女王様は一度伸ばし掛けた手を引っ込めて、背中を向けてしまいました。少女から瞳から大きな涙がこぼれます。
「私は女王だから、甘える相手がいてはいけないの。強くならなくては、務まらない。女王の身分を捨て、あなたと二人で暮らせたらどんなにいいか。私はいつもその誘惑と戦っていた」
女王は自分に言い聞かせるようにつぶやき、去って行きました。少女はいつまでもその場で肩を震わせていました。
「本を読んでください。読んでくれなきゃ、今ここで橋から飛び降ります」
少女に言われ、慌てて荷物から雑記帳を取り出し、声に出します。
『家にいる間はほとんど両親と口を聞かず、学校にいる時には明るく振る舞った。二重人格だ、と両方を知る近所の同級生は触れ回った。両親と本心で言葉を交わさないでいると、人前で話すときにも上辺で語るようになる。友達がいても、しばらくすると不仲になり、また別のグループの友達に近づくというのを繰り返した。クラスの女子からは陰口を叩かれ、男子からは笑いものにされている気がした。片思いをしている相手も、その輪の中に入っているのを見かけた。夕食の後、いつも両親は喧嘩した。二階の部屋にいても聞こえてくるので、毎晩のように近所を缶ジュース片手に徘徊した。ダイドーの五〇〇ml缶入りオレンジジュースをなるべく長い時間かけて飲んだ。飲み終えるまでは家に帰らないと決めていた。山を切り開いた新興住宅地には、パトカーも不審者もいない。ただ真新しい街灯とアスファルトが、夜の奥まで伸びていた』
少女と二人で橋を渡り、街道を歩いて行きます。少女は涙を流しながらも、笑みを浮かべて文章を聞いています。この悲惨な文章の何が少女を励ましているのか分かりませんが、
少女の心の痛みは和らいでいるようです。




