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1―6 亡国のナイト

 最初の夜がきて、次の朝がきて、さらにもう一度夜がきました。人と獣と悪魔のなきがらが草原を埋め尽くしています。残った軍が撤退し、辺りに動くものが無くなると、少女は膝をつきました。刃が欠けた宝剣は手からこぼれ落ち、魔石は指をすり抜けて地面に転がりました。翼が枯葉のように吹き飛んで消えていきます。少女の目には光が宿っていません。座ったまま上体を起こすだけの力しか残っていないようです。

「もう、大丈夫です。そこから出てきてください」

 光の輪から出ると、再び空間が波打ち、元に戻りました。少女の肌に触れると、ひどく冷たくなっています。

「もう長くはありません。本を聞かせて下さい。その本もそろそろ終わりのはずです」

 急いで雑記帳を取り出し、浮かぶ文字を読み上げていきます。


『クラス替えをすると、話す人がいなくなった。周囲の目は冷たかった。誰かが振り向いて、自分を軽蔑しているように思えた。修学旅行で行った札幌の街は、一人で歩いた。アスファルトがやたらひび割れていたのを覚えている。高校の三年の時、母が家からいなくなった。仕事を休んだ父が、リビングの電話機から電話を掛けまわっていた。父は妻がいなくなったという説明を電話の度に繰り返した。電話用の甲高い声だった。自分の部屋にいても、電話の声は聞こえてきた。受験勉強なんて捗らなかった。新聞紙を丸めて何度も何度も壁にぶつけていると、父から怒号が響いた。怒られたのは初めてだった。もちろん受験は失敗した。数少ない友人はみな別の大学に合格していった。母は親戚の家に潜伏していて、何事もなく帰ってきた。滑り止めの私学に進学したら、絶対に一人暮らしをしようと決めた。今思うと、その頃にはもう覚悟しかけていたのかもしれない』

 

 そこから先は、文字が浮かんできませんでした。少女はいまにも倒れそうです。何度ページをめくるけれど、同じことでした。少女はうなだれたまま、小さく微笑んでいます。

「今までありがとうございました。私の事は心配しないで、もうじきお迎えが来ます。大丈夫、分かっているんです。ほら」

 空から朝焼けよりもまぶしい輝く帯が下りてきました。背中から白い翼を生やした美しい女が降りてきます。その天使は、軍国で悪魔から少女を守った女でした。

「まさか私たちが降りてくる前に一人で軍を退けるなんて。私たちが来るのを信じて待っていれば、こんな風に命を燃やさずに済んだのに」

 天使は少女を輝く光で包みますが、少女は回復しません。悪魔から受けた傷は塞がらないのです。天使は屈みこんで、少女に額と額をくっつけました。

「もはや、あなたは地上には居てはいけません。人として扱いきれない力を持っています。このまま命尽きれば、悪魔がやってきてこの体を乗っ取っていくでしょう。今からあなたに神格を与えます。そして天界で暮らすのです。人が持つ力は天界に召されることで増幅されます。あなたが天界に行けば、天使を通り越して女神の一員となり万能の力を得るでしょう」

 天使が小さく何かを唱えました。少女から光がほとばしり、景色はひび割れ、残った空白を白く染めていきまます。少女が神へと変わるとき、天使がこちらを見ました。

「なぜ、あなたは消えないのですか。もしや、あなたは」

 言い終わる前に、天使も白い光の中で見えなくなりました。


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