表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

1―2 亡国のナイト

 少女は荷物をまとめて、たき火を消しながら、照れくさそうに言いました。

「じつは今、家出をしているところなんです。もう戻らなくちゃ。ついてきてくれますか」

 暗い森の中を少女と一緒に歩いて行き、寝静まった街へ向かいました。少女は鼻歌を歌い始めました。この国の古い民謡だといいます。少女はとっても歌が上手であり、歌っている間はとても気持ちよさそうでした。

 街は大きく、城から離れるにつれて家は貧しくなっているようです。少女の家は城から一番遠い地区にありました。少女が家の戸を小さくノックすると、すぐに少女のお父さんが飛び出してきました。

「今まで何をしていたんだ、脱ぎなさい」

 少女は玄関の前で来ていたシャツを脱ぐと、お父さんにはだかの背中を向けうずくまりました。お父さんは鞭で少女の背中を何度も打ち、鞭が空を切る音と肌を打つ音が交互に響きました。近所の人たちが家から出てきて、その様子を遠巻きに眺めています。少女の背中が腫れあがったとき、お父さんはこちらを見て、笑顔を浮かべました。

「いや、見慣れない旅人さん、あなたがこの家出娘を連れ戻してくれたのですね。この通りしっかりしつけをしましたから、どうぞ街にお触れ回りなきよう、内密に。ああ、ご近所のみなさんも、どうかこれに免じてお忘れください」

 お父さんは周囲を見回して言うと、少女の背中を鞭でもう一度打ちました。

「おい、この恩人を宿屋までお連れしろ。なにかあったらタダじゃ済まさないぞ」

 少女は震えながら起き上がってシャツを着ると、「こちらへ」と言って歩き始めました。少女について行くと、城に近い大きな宿屋に着きました。部屋には大きなベットがあり、暖炉やきれいな模様のじゅうたんが敷かれています。少女は部屋に入るとすぐ、ベットのすぐそばに座り込み、掛けふとんに顔を埋めて震えだしました。泣いているのです。

「お願いです、本を読んでくれませんか」

 少女に促され、手短に何か本がないか探します。化粧台の引き出しに、二つの本があります。宗教の本と、客が自由に書き込める日記帳です。ふしぎな事に、どちらの本を開いても書いてある内容が一緒でした。

「どちらの本でも同じですよ。あなたが本を開けば、同じ内容になるのです。さあ、聞かせて下さい」

 少女は掛け布団に体を伏せたまま、顔だけをこちらに向けています。ふしぎな本に戸惑いながら、おずおずと、その文字を読みあげていきます。


『母は、自分が何か悪さをするとすぐに頬を叩き、明かりを消した和室へ閉じ込めた。リビングからは見たかったクイズ番組のにぎやかな声が聞こえる。泣き止まないでいると、母が飛んできてまた頬を叩いた。ごめんなさいが言えるまで何度も繰り返されるのだけれど、なぜだかすぐに謝る事が出来なかった。やがて父と母が喧嘩をし始め、上の兄弟たちもリビングから立ち去って行く。もうクイズ番組の声は聞こえなかった』


 読んでいて、気がめいる内容でした。でも、少女はこちらを眺めつつ、淡く微笑んでいます。懐かしそうな、憐れむような、ふしぎな笑い方です。ほどなく、少女は眠りにつきました。お父さんから受けた鞭打ちの悲しみが和らいだかのような、穏やかな顔でした。

 本をそれ以上読む気にはなれませんでした。おそらく、この世界とは別の出来事なのでしょう。あるいは、この少女こそが、この世界の住人ではないのかも。分かっているのは、少女に本を読み聞かせると、少女が安らいだようくつろぐということだけでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ