前々々々々・・・世
本日2話目
小さな魔物たちが力を放出して映像を3人に伝え始める。
ハヴィが結界を張っていたのも都合が良い。
3人が座り直してじっと受け取る様子に、ため息をついてから、信用してもらっているのだと気づく。
私が万が一、3人を害しでもしたらどうするのか。
いくら上位契約をアイスミントと結んだとはいえ、抜け道はいくらでもあるというのに。
もっとも、害する気などあるはずがない。
***
巫女が腕の中で息絶えた。
人間の姿の龍が震えているのを、取り囲んだ人間たちが真実を明かす。人間の非道さをぶちまけるように。
奴隷だったのだと。暴力を受けていたのだと。異物を飲まされ腹にもそれが溜まっていると。
我々もそうなのだと。
真実を知らされて、龍は叫んだ。
叫ぶままに巨大な龍の姿に戻る。カギ爪に巫女の亡骸を掴む。
オォオオオオオオ
叫び声のまま空に羽ばたいて、直下に炎を吹きつけた。
オォオオオオ
見えるものすべてに熱波を叩きこむ。
逃げようと飛び立つ翼を持つ者たちが、熱された空気に黒くなって落ちていく。
地上から、龍を繋ぎとめようとして見えない契約の鎖が飛んでくる。翼で、体当たりで、全て散らした。
龍が、人間などに縛られるものか。
高く飛ぶ。全てを燃やして黒色に変える。
全て消えてしまえば良い。
***
亡骸を掴んだままで空を飛んだ。彼女の国に舞い戻った。城の全てを焼き殺した。
崩壊していく塔の上に降り立って、燃え崩れていく様子にまた咆哮を上げた。
彼女の亡骸を持ったまま。
グルグル空を周る。
ひっきりなしに声を上げた。
どうしていいのか分からなかった。
3日目の夜、酷く静まり返った朽ちた都に舞い降りた。全てが黒く変わって誰もいない。
龍は亡骸を城の近くにそっと降ろした。
龍の姿のままでオゥオゥと泣いた。
ずっと共にいたかったのだとようやく知った。
なのに、もう失われた後だった。
龍は悲しみをどうしていいか分からなかった。
山に、谷に、気が向くままに移動し、気が済むままに暴れた。
邪悪龍などと言う名がついた。
そんな龍の前に、一人の人間のようなものが現れた。それは自分を魔王だと言った。
「随分派手に暴れているじゃないか。かわいそうに。お前の事は良く知っているよ。かわいそうな赤い龍」
カッと頭に血が昇って、龍は魔王に灼熱の炎をブチ当てた。
魔王は楽しそうに払いのけてみせた。
「良い勝負ができそうだね」
龍は本気で宙に浮く魔王を落とそうとするのに、できない。
「ねぇ、契約しないか。私が勝ったら、配下に迎えてあげるよ。どうせ行く場所も無いのだろ」
ふざけるなと思った。
龍は逆らう。
『逆らっている』状況だと気が付いた時に、龍は愕然とした。
自分はいつの間にか、魔王を自分の上だと認めている。
気が付いた時に、カチリ、と最後の拘束の音が聞こえた。
「約束したろ。私の勝ちだ。一緒においでよ。きみより強い私なら、きみは泣き言を言っても許されるよ」
そう言われて、龍は空に向かって大声で鳴いた。
熱波を放つでもなく、ただ鳴いた。
魔王は龍の頭に降り立って、よしよし良い子だと頭を撫でた。
こうして、龍は魔王の配下になった。文句はなかったし、それが相応しいと心から思った。
***
魔王は城を構えていた。
「きみの部屋はここでどうかな。ここは空も良く見える。いつでも飛んでいけるよ。遊びに行っても良いけど、ちゃんと帰っておいでよ」
オオゥ、と魔王に龍は応じた。
「ところで、きみって人化できるのかな? 龍のはずなのに、すっかりケモノじみてるけど、実際のところどうなんだい」
乞われたので、龍は人化してみせた。
人型の魔王は喜んだ。
「なんだ、できるんじゃないか! 嬉しいな、普通に話もできるんだろ? でないと面白くないじゃないか。ゲームはできる?」
「ゲームとは? した事はない」
はははっ、と魔王は声を上げて腹を抱えた。
「きみ、話せる! なんだ、早く言ってよもぅ。嬉しいな。ゲームは、教えてあげるよ。石版をこの部屋に持ち込ませよう。ねぇ、良いだろう?」
人化した龍は、魔王の背が自分よりも低いのだと気が付いた。
これは何だろう。
龍でもなく、人でも無い。魔王と本人は言っている。確かに、こんな存在を他には知らない。
「よろしくね。名前は?」
「・・・グランドル」
「そっか。楽しくやろうよ、グランドル」
***
魔王は地上を乗っ取るつもりらしい。魔王がそうしたいならすればいい。
どういった手腕なのか、配下の数は膨大になって行く。
龍の姿で上から彼らを見回す。
周辺は魔物で埋め尽くされている。
これほどの数の魔物が揃っているのに、地上は陥落しないらしい。困ったものだ。
「グランドル。貴殿は出陣する気はあるか?」
かけられた声に部屋の中を覗き込む。
人化して向かい合ってやる。相手も人化している。獅子だ。
「どちらでも。必要であればどのようにでも」
「思うのだが、我々が一度に出ればカタがつくと思うのだが」
獅子は戦略に不満があって単に愚痴りに来たようだ。
「樹が戦略を任されている。領域を冒すような真似はする気は無い」
龍は答えた。
獅子が嘆息する。
「人間など、滅びれば良い」
黒い炎が獅子の周りを暗く彩る。
「同感だ」
龍は答えた。
滅びてしまえば良い。
***
魔王を殺しえる武器が、地上にもたらされたらしい。
龍族の仕業だ。
かつての同胞の振る舞いに、皆が非難をする。龍だって腹立たしい。
なのに魔王本人はどこ吹く風だ。
「どうせ使うのは人間だ。何もできやしないよ」
イライラとする。
だが、事実は魔王の言う通りだった。
酷くランダムな頻度で、人間が武器を携えてこの城にまで来る。
魔王からの指令は、
「丁寧にもてなしつつ、力を見せつけて殺してしまえ」
龍はその通りに殺してやる。
魔王の元に行かせる必要も無い。
いつのまにか6体となった、魔王の傍、人化できる魔物は、やってくる彼らを赤子の手をひねるように軽く屠る。
龍は、自分に邪悪龍などという名前がついたと、樹から教えてもらった。6体に人間たちは名前をつけたらしい。笑ってしまった。
***
魔王の住む城から出て、周辺の廃墟で人間どもをあしらっていた時期だ。
昔なじみの龍の一匹が、空を飛んで自分に会いに来た。
「おい。灼炎。いい加減に目を覚ませ」
「私に構うな」
龍は煩わしく答えた。
白金の輝くウロコをもつその龍は、
「そうはいくか」
とやや距離を保った空に留まって龍に言った。
「お前がいつまでもそんなでは、世界のバランスが本当に狂う」
「私の、知ったことじゃない」
龍の返答に、白金の龍は苛立ちをみせた。
龍も体勢を整えて向かい合う。
譲る気など無かったし、相手の言葉に聞く耳も持たない。
本気で対峙する龍に、昔なじみの龍はため息をついた。
「仕方ない。始原の力を持ってお前を縛ろう」
言葉と同時に、龍はどっと身体を上空から抑えつけられた。
首輪がはまり、目隠しがされる。力を行使されたのだ。ブチン、と契約の鎖が引きちぎられる音がした。魔王との縁を、断ち切られた。
待て、と思うのに落下する感覚があって声も出ない。
魔王も、あいつに処分されてしまうのだと、それだけは分かった。
人間に憎しみを抱えた者たち。分かち合える強者たち。
それが消し潰されるのだと理解した。
龍は世界の一部であり、世界を正す力を持つのだから。
吠えたいのに声は出ない。
何もできずに、縛られて落ちていく。
***
ふわり、と優しく包む感覚があった。
気が付けば、自分は泣き声をあげていた。
そして、両親がいて、それは人間の姿をしていた。自分の手を見る。やはり人間のものだ。
龍は龍の姿に戻ろうとした。だができない。かわりにあたりの景色が揺らめいただけだ。
ただ、両親が驚いた。
両親の話は、結果として神殿の者たちを呼んだ。
「神託がありました。この子は、罰を受けて生まれてきたのです」
そう言って、神殿の彼らはまだ赤子の状態の龍を抱き上げた。両親から取り上げたのだ。
龍は神殿で育てられることになった。
赤子のうちから、首輪と腕輪と足輪がつけられた。
「これは、罰です」
龍が人に生まれ落ちたのだと周知された。そして、それは真実だった。
身のうちにある厄災の力をばらまかないようにと手配されていた。
龍は、首輪の戒めで声が出なくなった。腕輪の戒めで力がでなくなった。足輪の戒めで、歩く事しかできなくなった。
これが人というものだと、言われて知った。自分は人間に落とされてしまったのだ。
龍でありながら好き勝手に暴れて、世界を壊そうとした結果だった。
***
手足は常に重く、身体も動かしづらかった。
それでも人として生かされて生きていく。
8歳になった時に、やはり信託でもあったのだろうか、1人で生きるようにと神殿の外に放り出された。
人の暮らし方など分からない龍は途方に暮れた。
食べる物さえどう手に入れて良いのか分からなかった。
歩き回って、自分と同じ年頃の子が集まっているのに混じる。
怪しまれたが、腹が減った音に呆れられた。
それから首輪や腕輪を、売り払えるのではと引っ張ってとろうとしてくれたが、どうあっても取れなかった。
龍はその集団に混じって行動をならい、生きていく事にした。
***
貧民街で仲間と認められて暮らしていけるようになってすぐ。
龍は、一人の年上の少女に出会った。
龍の時代の、あの『彼女』そっくりで龍は驚いた。
声も出ないまま、まるで見惚れたようにじっと顔を見つめあげる龍に、少女は戸惑いながら、
「さては惚れた?」
などと冗談めかして龍の鼻先をツンとつついた。
龍は笑った。
会えたと思った。
彼女の顔は自分と同じように土と埃で汚れていたが、少なくとも顔は腫れてもおらず、目も見えている様子なのが嬉しかった。
そうか、人は死んだら、新しく生まれ直すものなのか、と龍は思った。
龍が人として生まれ落ちたように、彼女もまた新しく人として生まれ落ちたのだ。
なんだ、そうなら、自分はもっと早く彼女を探していればよかった。
龍は彼女こそが恋しいのだとこの時知った。