りゅう
「すまない。久しぶりだったせいか、量を誤ったようだ」
宿で寝かされていたグランドルは、状況を知ってそのように申し開きをした。
「あれぐらいの量、酔うに全く足らんはずだったのだが」
「良いんだグランドル。寝てたのに必死で駆けつけた俺たちに、もっと謝ってくれて良いんだぞ?」
「すまなかった」
レンの形だけの笑んだ顔に、グランドルが改めて頭を下げた。
レンの隣、ハヴィはじーっとグランドルを無言で見つめている。
アイスミントといえば、四人部屋のベッドの一つでスゥスゥ寝息を立てている。
ハヴィが真顔で尋ねてきた。
「どれぐらいの量で酔う?」
「まぁ・・・」
とグランドルは量を思い出しつつ、ハッと気づいた。この男は、酔わせて色々聞きだす魂胆だ。グランドルは真顔になった。
「覚えていないな」
「ふ」
「良いんだよグランドル。迷惑料で、酒無しで色々話せば良いんだぞ?」
レンが静かに圧力をかけてくる。
戦士にとって睡眠は大事だ。なるほど。そして、呼び出しに駆けつければ、ただの酔っ払いが寝ていたと。
「すまない。本当に、申し訳なかった」
「良いんだ。俺たちにも聞かせてくれたらそれで良いんだぞ本当に?」
***
一通りの圧迫をかけて気が済んだので、レンがため息をついてハヴィに相談した。
「どうする。アイスミントがこれだと、もう1泊した方が良いのか」
「そうだなぁ。久しぶりだし僕たちも遊びに出てもいいはずだ」
「賛同する」
「久しぶりに町遊びだ、良いねぇ」
レンとハヴィが出かける様子なのを、グランドルが驚いて止めた。
「待て。アイスミントが嫉妬するぞ」
「はぁ? するわけないよ」
とハヴィが首を傾げた。
「グランドルには嫉妬してたけど、俺たちにはないな」
とレンも荷物を整理しながら笑っている。
「俺たちが一晩、外で遊んでもアイスミントは気にしない。誰か女性と飲もうが、過ごそうが。長旅だ、そういう時もあると判断している」
「アイスミントも、くそ甘い砂糖菓子みたいな恋愛小説買って一人で読んでるしね」
レンとハヴィのこの様子にグランドルはさらに驚く。
「だが、勝手に」
「僕たちは仲間で対等だしそれぞれ好きに動く時間だって必要だ。グランドル、きみは留守番と説明係」
「変な説明はしないでくれよ。普通に1日遊びに行ったと話しておいてくれ。おあいこだと。嫉妬されるのはグランドルだけだからな」
笑って、ハヴィとレンがパタンと扉から出ていった。
取り残された気分だ。
私はどうしたら良いのだ。暇になるではないか。
いや、そもそも私が悪かったのか。いやアイスミントと私とか。
パタン、と扉が再び開いた。
ふり仰げば、レンだった。
「一人待つのも辛いだろう。すまないが、文字が書けるのなら、討伐のための情報を書きだしておいてくれないか」
レンの顔の下の空間を通り抜けるように身をかがめて、ハヴィも戻ってきた。
「魔物用の意思伝達装置を出しとくよ。これ使って。昨日の遺跡で分かった魔王の事とか、まとめておいて。それで許してあげるからさ」
「・・・分かった。そうしよう」
ハヴィから、厚めの皮のようなものと、紙の束、鳥の羽がついたペンを受け取る。
「じゃ、よろしくね」
パタン、と扉を再び閉めて、二人は今度こそ行ってしまった。
***
レンとハヴィには多大な迷惑をかけた。龍と言えど、ここは反省しなければならない。
うむ、とグランドルは頷いて、ハヴィに手渡された筆記用具を真剣な顔でテーブルに広げて向き合った。
ぴこん
と、妙に軽快な音がした。
『意志翻訳機能をオンにします。あなたは自由型を望みますか、応答型を望みますか』
「・・・応答型?」
意味が分からず呟くと、
ぴこん
とまた妙な音が出て、プルンと紙からゼリー状の物体が現れた。
『応答型が選択されました。課題に沿って質問をさせていただきます』
「・・・分かった」
よくよく見れば、魔物最下層のゼリー状の生命体だ。お前は一体こんなところで何をしている。
『なお、この質問の結果は慎重に取り扱われ、主、ハヴィ様にのみ提供されます』
「そうか」
使役されているようだ。
「なんだかお前も哀れだな」
とグランドルは呟いた。奴隷について思い出すでは無いか。
『質問その1。魔王の力について、知っているところを教えてください』
「解放してやろうか、ゼリーよ」
グランドルの質問を無視した声掛けに、ぷるん、とゼリーは震えた。
『えー、同じ質問を繰り返しますか、次の質問にまいりましょうか』
「このように縛られて。決められた言葉しか使えないのか。不遇だな」
憐れんで、グランドルはピン、とゼリーについている見えない鎖を燃やしてやった。
キュウィ
と鳴いて、慌ててゼリーは姿を消した。
「ふむ。良い事をした」
満足に頷いていると、
ぴろん
と鳴った。
「ん?」
『お役目を私が引き継ぎましょう』
草みたいなのが生えてきた。
『魔王軍について教えていただけますでしょうか』
「そうか。お前もか」
ポン
と鎖を燃やしてやる。
ピルル、と鳴いてから、また慌てて草は姿を消した。
ピコリン
『ならば私がお伺いします』
***
バタバタっと足音がして、バタンッとハヴィが戻ってきたのは、筆記用具から溢れた小物生物たちで部屋が賑わっていた時だ。
「グランドルッ!!」
「ん? あぁ」
「僕の使役生物を勝手に解放するなっ、この最上位種っ!」
胸倉を掴まれて怒られ、ピィピィひよひよ、と周囲の小物たちが一斉にぶちあたってきたので、グランドルは目を丸くした。全く痛くはなかった。
***
レンが戻ってきたのは夕方だ。
「あれ」
と扉を開けて目を丸くしたのは仕方が無い。
結界を張った部屋の中で、ハヴィがぶつぶつ言いながら、行儀よく並んだ小さな魔物たちからの訴えに耳を傾けているからだ。
「あ。レン、お帰り。迷惑かけてごめんね。リフレッシュできた?」
とアイスミントが声をかける。
「ああ。だがそれよりこれはどうしたんだ?」
「んー。グランドルが、ハヴィの魔物を次々解放しちゃって・・・。ハヴィに懐いている子たちが再契約待ちしてるの。逃げちゃったのもいるらしいんだけど。ハヴィを探して辺りを走り回ってたのもいるみたいで・・・」
「うわぁ・・・」
「申し訳ない。つい哀れで」
レンとアイスミントからの視線がいたたまれず、グランドルは身を縮ませた。
「全く! これが中級以上の魔物だったら大惨事だからな、グランドル!」
ハヴィが歯ぎしりする勢いで怒っている。
「本当にすまない」
頭を低くして詫びるグランドルに、レンが、場を和ませようとしたのかハヴィに話題を振った。
「中級以上だと何と契約しているんだ、ハヴィ」
「上で言うと、幻鬼」
「わぁ」
ハヴィとレンの会話に、グランドルはつい口を挟んだ。
「個体名は?」
「個体名は、教えられない・・・けど、知り合いでもいる?」
ハヴィが不機嫌そうに答える。
「もちろんだ」
ハヴィが無言で、まだ溢れている小さいコケのようなものを持ち上げて、何かを渡すようなしぐさをした。
それをグランドルに放り投げる。
グランドルが受け取ると、コケが直接グランドルの脳裏に単語を伝えた。
〝ソワルガ”
グランドルは目を細めた。
「知っている。大昔に・・・。まさか、使役するとは」
「・・・瀕死状態にまでして、契約をぶつけた。解放しようとするなら、グランドル、お前を敵とみなす」
「・・・私が悪かった。すまない」
部屋に沈黙が落ちた。
ポウンポウン、と小さなものの順番待ちの音は部屋に絶えず溢れているが。
「・・・それは、私ほどでは無かったが、強い個体だった」
ポツリとグランドルは教えた。
「・・・魔王の配下で、鬼族の上位だった。連携する事は無かったが」
「・・・え? 待って」
「どういう事だ、グランドル」
アイスミントが驚き、レンも声を上げる。
ハヴィは眉をしかめながら話の続きを促す視線を送ってきた。
この三人には、話すべきなのだろう。魔王を討伐するというのだから。
言わなくとも倒せるとは思うけれど。
だが。それに、きっと彼らは気づくだろう。
グランドルはアイスミントを見つめた。
私の傍から離れないでほしい。だから知らないでいてほしい。
「話してくれ。他言しないと誓う」
とレンが真剣に言った。
「話してくれないと、仲間として認めないぞ」
と未だに怒りを残すハヴィが言った。
「お願い、知りたい」
とアイスミントも言った。
グランドルは嘆息する。腹を括るしかない。
どうせ分かってしまう。
また手から離れていくのは、己の行いのせいだ。
グランドルは口を開いた。
「私は、魔王軍にいた。配下と言われる暗黒龍と呼ばれたのは私だ。古代、書物を焼き尽くした邪悪龍というのも私。共に私だ。だから魔王軍についてよく分かる。今現れている魔王が、当時の魔王軍の残像のようなものだということも」
聞く3人が、少し動揺と緊張で固まった様子に、思えた。
加えて、部屋にいる小型生物たちが耳を澄ませているのが分かる。
グランドルは彼らに提案してみた。
「お前たち。ハヴィに仕え直す前に、一つ仕事を頼まれてくれないか。灼炎龍たっての願いだ。お前たちの熱への耐性を強化してやる、褒美はそれでどうだ」
「え、おい! グランドル!」
彼らの主であるハヴィが信じられないように声を上げた。急な話に驚いたようだが、魅力的な提案だとも瞬時に判断した様子だ。
「たった一度きりだ」
とハヴィに提示する。この機会で耐性強化などご褒美過ぎるのも良いところだろう。
「何をするつもりだ」
彼らを守る立場のハヴィが、慎重に確認しようとしている。
「過去を映像で見せよう。その方がより多くの情報を得ることができるだろう」
「・・・ならその契約を」
「すまないが、ハヴィと結ぶことは本意では無い。アイスミントに誓う」
「もぅ。分かった。アイスミントに。決して害するな。一度きりだ」
「あぁ」
ハヴィの同意を得て、グランドルは頷く。
2人の会話を、アイスミントとレンは真剣な表情で聞いていた。
グランドルはアイスミントに向き合った。
「きみに縛られるなら構わない。アイスミント。私はハヴィの元に集まるものたちを使い、アイスミント、ハヴィ、レンの三人の人間に、当時の記憶を映像にして見せることを誓う。決してきみたちに害は及ばない。ハヴィの元に集まるものたちもだ」
「・・・えぇ」
グランドルはカリと己の指を噛みきる。血が滲み出て球になった。
「手の平を私に。上に向けて」
「えぇ・・・?」
「契約を」
トン、と血の球をアイスミントの手のひらに押し付ける。
シュッと蒸気が立ち上がった。
「分かった。本気の上位契約だ。信じる。この子たちを使え。特別だぞ」
様子を見つめていたハヴィが告げた。
「礼を言う。可能なら、後で幻鬼と思念でも交わしてみたいものだ」
「それは、なぜ」
幻鬼はこの部屋に沸いている小型生物などとは全てにおいて違う存在。下手すればあっという間にこの町程度は潰してしまえる。ハヴィが慎重に探るのは当然だ。
だがグランドルにはたいそうな理由はない。
「さぁ。あまりにも遠い日に生きたものだから、だろうか」
「・・・」
グランドルは意識を切り替えて、部屋を見回した。
「私の愚かしい過去を見せよう」
私はこれで、また失うのかもしれない。と目を伏せる。