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巫女さん

本日2話目

アイスミントには確信がないために首を少し傾げつつ、思うところを言った。

「あの、たぶん、分からないけど、自分の顔を隠して走って逃げちゃったんでしょう?」

そして、グランドルはこんな整った顔立ちをしているわけでしょう。

「えっと、照れて顔が見れなかったんじゃないかな。話によると、口調に乱暴なところのある巫女さん、だったのかなーって思うし」


考え考え話すのを、グランドルがじっと見つめてくる。

「照れていた? 彼女が私にか?」

「え、いや、勝手に思っただけで、真実はその巫女さんしか分からないけど、そう思ったり、する」


「照れて逃げる? どうしてだ、顔を隠して、私など見ないように」

「え、や、自分の顔を隠してたんだから・・・赤くなったのを見せたくなかったんじゃない? 自分が・・・」

あ、そっか、とアイスミントは勝手に納得する。

「たぶん、あまりにもグランドルが素敵だからさ、自分が恥ずかしかったんじゃないかな。もしかして、自分の顔とかに自信がなかったのかも、巫女さん」


今日の遺跡で見た巫女の顔が思い出された。あんなにボロボロになったのはいつからだろう。

本当は奴隷だったっていうのなら、ずっと前から、ボロボロだった?

もしそうなら、

「恥ずかしくて、つい悪口言って、逃げちゃったんだ・・・」


急に肩を抱き寄せられた。アイスミントは驚いた。

「え、ちょっ」

「すまない」

アイスミントを抱きしめて、グランドルが呻いた。


「すまない、そんな、だから、私は気づいてやれなかった。見えていなかった、どうして」

「え、ちょ、落ち着いて、私は巫女さんじゃないから!」


グランドルが震えている。

人化しなかった。だから気付けない事があった。それで巫女さんを失ってしまった。らしい。


「もう、昔の事でしょう。ずーっとずーっと昔の事だよ・・・」

そんな風にしか、アイスミントは慰めの言葉をかけられなかった。


***


気が付いたら、空気が冷えて来ていた。

グランドルは抱き付いていたのを離れた。

撫でるのも拒否されていたのだったと思い出してアイスミントの顔を確認してみれば、アイスミントはむしろグランドルの様子を心配していた。

グランドルは嬉しくて目を細める。

アイスミントはそれに苦笑を返した。


「そろそろ戻ろう。遅くなってしまったな」

「話はでも、途中じゃないの」

とアイスミントが尋ねてきた。


「そうだな」

「せっかくだから、巫女さんとの話を一通り聞かせてくれたら、嬉しいな」


「・・・構わないが。疲れているだろう。休息の時間も必要だろう?」

「大丈夫。この機会を逃す方が惜しいもの。あ、ねぇ、飲み物を買いに行きましょう。良いよね?」

「構わないが」


アイスミントに連れられて、この時間でも開いている酒屋に入る。

酒を持ち出してまた空き地の席を確保した。


「えーと、静かに、かんぱーい」

「乾杯」

カチン、とグラスを軽く合わせて鳴らす。

グランドルは嬉しくて目を細めた。


「お酒、おいしい?」

「酒自体は、まぁ雑な味だが」

「まぁ。実はグルメ舌なの。龍のくせに」

「龍と言うのは酒を好むものだよ」

「ふぅん」


酒とともに購入した様子のツマミが開封される。

酒とツマミで、グランドルとアイスミントで夜を見あげる。


「で、お話を聞きたいです」

そんな風に切り出すのを微笑ましく思う。


「分かった。簡単にな。巫女が死ぬところまででいいな」

「・・・うん。えっと、辛い話、だったら、ごめんね」


「構わない。お前が聞いてくれるなら」

「・・・」


***


巫女はグランドルを従えた。

一国は巫女とグランドルを重用した。


人間の国々との戦いで、グランドルは龍の姿で出陣する。背には巫女を乗せている。

巫女の指示に沿い、グランドルは敵を炎で一掃する。あっという間だ。遠くまで黒焦げに変わっていく。

巫女は将軍と呼ばれる地位にまで登っていた。

巫女は龍をとても可愛がった。

龍も巫女に酷く懐いた。特別に思えたのだ。


「だが、人間同士の国の戦いの最中に、彼女が私の背から転げ落ちたのだ。驚いた。慌てて探して、助け起こすために人の姿になった。そうなってみて、初めて目に留まった」


彼女の肌が赤黒く爛れていて、顔の一部は腫れあがり、目は白くなって良く見えていないようだった。


***


「おかあさん、おとうさん」

と女は震えて泣いていた。目が見えていない様子に、グランドルは人の姿で抱きしめた。見えていないので自分の姿でも怖くないはずだと思ったからだ。


***


「あたしはあんたにたくさんの嘘をついた」

と龍だと気づいて女は言った。


「あんたは馬鹿な龍だねぇ、あたしみたいのについてきちゃって、良いように使われて、こんな、奴隷の、ボロボロのぞうきんみたいな、醜い汚い女に、あんたは」

「何を言う。お前は勇敢にも我が洞に来た。お前は灼熱の巫女。どうした、熱に負けたのか」


「巫女なんかじゃないよ。ただの奴隷」

と女は笑った。

「可哀想に。かわいそうなあたしの赤い龍。ねぇ、ほんとうは、戦争なんてどうでも良い。もう疲れた」


***


静かな夜に、静かな声音で語られる昔の話。

淡々とグランドルは話すのに、後悔が滲み出ている。


巫女は戦いの途中で死んでしまった。

グランドルの背で、グランドルが気づかないうちに、彼女はボロボロになっていた。


「あの。どうして、死んでしまったの」

そっとアイスミントは尋ねた。

そっとつまみの残りを差し出しながら。こんなものしかなくて恐縮ですが。


グランドルは無言だ。

巫女が死んでしまうまでの話だった。死んでしまったから、もう聞けないのかもしれない。

どうして巫女がボロボロになっていたのかとか、その後、グランドルはどうしたのか、とか。


「彼女は」

ポツリ、とグランドルが言った。酒を飲む手も止まっている。

「奴隷だった。将軍となり、周囲に『灼熱の巫女様』と呼ばれても、奴隷の扱いを、私の知らないところで受けていた」

「え?」

驚いてアイスミントの手も止まる。


「彼女が、ジルが、死んだ時に、彼女と同じ境遇の奴隷たちが、私に教えた。彼女は奴隷で、巫女などでは無く、人柱として私のところに送り込まれた1人だったのだと。彼女は私に嘘をついて私を味方につけた。そうして彼女は力を得て、地位を、権力を得て、良い暮らしを得ようとした。でも、彼女に奴隷の身分である事を知らしめる扱いが、行われていた。異物を飲ませたり、殴ったりで」

「え、なんで」

アイスミントには理解できない。龍を味方につけた、巫女と名乗る奴隷を、痛めつけるなんて。


グランドルは首を横に振り嘆息した。

「私を味方につけた彼女が、反抗するのを防ごうとした。私に言えば、国ごと滅ぼしてやったのに。でも彼女は逆らえなかった。人間の中では彼女はとても弱かった。龍を味方につけたのに。彼女は人からの虐げを受けるべき存在だと、自分を認めてしまっていたのかも、しれないな」


だから、死んでしまった。

と、グランドルはポツリと言った。


もっと人化していれば。彼女の様子に気が付けたのに。


酒を持つ手が細かく震えている。

それを見て、アイスミントはこういう他はない。

「どうしようも無かったよ。だって、巫女さんが嫌がるから、人にならずにいたんだもの。どうしようも、無かったよ」

「そうだろうか」

「そうだよ。それにもう昔の話だからさ。巫女さんも、もう安らかに眠ってるよ」

「はは」

グランドルはアイスミントの言葉に笑って、アイスミントを見つめた。

目を見つめて微笑むので、アイスミントは照れた。焦ってアイスミントは酒を口にする。


「え、えとえと、あの、グランドル、巫女さんが死んじゃった後どうしたの」

「巫女が死ぬまでと言う話だっただろう。次はアイスミントが話す番だ」

グランドルの良い笑顔に、アイスミントがえっと驚く。


「私の話!?」

「そうだ。聞きたい。聞かせてくれ」


「えー良いけど、正直大した話はないよ?」

「それでも聞きたい。教えてくれ」


アイスミントは「んー」と言いながら首を傾げる。

本当に大したことない話だ。グランドルの話を聞いた後では特に。


酒を飲みながら、アイスミントは説明した。


町で普通に暮らしてて、そしたら回覧板みたいに聖剣持った人がやってきて、手に取ったら輝いちゃった。

女性にしか使えないという意味不明な聖なる剣『戦乙女の剣』に、持ち主と認められちゃった瞬間だ。


そこから王様に呼び出されて初めて聞く説明を受けて。

勇者なんて返品不可の称号を与えられてしまって。魔王を倒せと命じられた。

勇者になったからなのか、戦いの才能が開花してしまった。


でも大変です。


愚痴っぽい話を、グランドルは目を細めて楽しそうに聞いていた。


***


空が白んできた。うっかり一晩酒を飲んで話し込んでしまった。後悔はしていない。

アイスミントが立ち上がる。

前日の疲れと寝不足と酒でふらりとなるのを、グランドルが支えた。


「大丈夫。私の傍で、死なせなどしない」

囁かれた言葉がくすぐったくてアイスミントは笑う。

振り返って見えたグランドルは予想に反して酷く真面目にアイスミントを見つめていた。

ドキリとする。

何度私を恋に落としたら気が済むの、この龍。


「私を巫女さんと間違えてない?」

アイスミントは笑って尋ねた。

「間違えていない。アイスミント。きみだ」


「そうよ。なんかでも、違和感。私じゃない誰かを、ずっと見てる」

酔うとあっという間にいろんなことを口にできた。

グランドルがじっと見つめている。熱がこもっているように見えるのは錯覚だろうか。それとも。

「ずっと、見てきた。ずっとだ。お前が、誰に焦がれようが、私を置いて命を断とうが」

「え?」

「傍にいた。でも、あなたは、いつも他の誰かに焦がれる。声が出せない私の、手の届かないところに行ってしまう」

「え。え」

「何度生きても、ずっとだ」

「え。え。え。ちょっとまってグランドル! あなた酔っぱらってる!?」

龍のくせに! 安い酒で酔うなよ!

グランドルに抱えられる。ヤバイ、倒れる!

ボフッと、アイスミントを守るようにグランドルが下になって倒れる。


「いやいやいやいや! ちょっとグランドル! 起きて!」

スーッと、人化している龍は眠りにつきやがった。

「おーきーて! おきろー!!」

しっかり抱きつかれて身動きが取れない。

くぅ、こんなので誰かに発見されたら恥ずかしすぎる。


「駄目だー動かない! ハヴィー、レンー、助けてー!」

数分後に諦めて、アイスミントは助けを求める呼びかけをした。

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