魔王を倒したい
「魔王討伐という事だが、魔王が暴れているのか?」
地上を徒歩で歩いて移動するメンバーに、グランドルは尋ねた。
返答次第では、龍に戻り、皆を背にのせて目的地にひとっ飛びし、上空からブレスを吹きかけてやれば案外すんなり行くかもしれない。
とはいえ、魔王を侮るつもりは全く無い。
眠りにつく以前の事だが、大昔に魔王を名乗る存在と戦い、グランドルは負けている。魔王に勝つなら相当な力が必要だ。
なお、今も徒歩で進んでいるのは、道中の魔物を討伐して地域の安全を図るためらしい。
グランドルの炎は他の生き物も全て焼き払うので、龍で空から丸焼き案は止められてしまった。
まぁ、細々討伐する事で自分たちの腕も磨くから、という話だ。
「魔王は、15年ほど前に現れたの。魔物が狂暴化して、人間と共存できなくなってしまったわ。魔王を倒せば元に戻るって言われているのだけど・・・」
アイスミントが教えてくれる。
「だけど?」
とグランドルが尋ねる。
アイスミントは、チラリとグランドルを見上げてから、少しウロウロと視線をさまよわせた。
グランドルは首を傾げた。迷うようなことがあるのだろうか。
「耳が赤くなっているが、体調でも崩しているのか?」
心配して尋ねると、アイスミントがギョっとして、わざわざ左手を伸ばして右耳を抑えた。グランドルから見えないようにしたらしい。ちなみにアイスミントの右手は剣を握っている。
「ちょ、大丈夫、いたって健康です!」
「・・・なら良いが。お前は無理をしやすいから、どうか隠してくれるなよ」
「そんな付き合い長くないのにー!」
動揺するアイスミントの顔が真っ赤で、グランドルはまた心配になった。
「良いか、私はお前が気がかりだ。なんでも助けてやるから、」
「きゃー、顔が近いから!」
その二人からすこし離れて、レンがポツリと、
「分かりやすいな」
と言い、ハヴィが、
「面白いね。しかもとても興味深い」
と楽しそうに頷いた。
「興味深い? どういうところが?」
「ふ、ふふふ、ふふふふふ」
「止めてくれ、気持ち悪い笑い方をするな」
「ふ、ふふふふふ」
怪しい笑い声に、グランドルとアイスミントが気づいたようだ。
じっとハヴィを見てくる。
声は消したがニマニマ笑ったままのハヴィの様子に、こちらへの興味を変えようとレンが魔王の話題を引き継いだ。
「魔王についてですが、やはり相当強いと言われており、暗黒龍も配下に収めているといいます。・・・そうだ、同じ龍族といっては失礼ですが、グランドル、何か暗黒龍や魔王についてご存知ではありませんか」
尋ねられたグランドルが不思議そうに聞き返した。
「暗黒龍だと? 確かなのか」
「はい。間違いなく、確認されています」
グランドルはふむ、と首を捻った。
「ならば・・・樹賢者もいるか?」
「はい。同じように、確認されました。魔王に最も近い6体として、暗黒龍に、樹賢者、狂獅子」
「毒蜘蛛、幻灯篭、死蝶蘭、か?」
「その通りです」
「それで、魔王か。魔王の姿は人間か?」
「はい。ご存知でしたか」
「いや・・・」
グランドルは目を伏せた。おかしなことがあるものだと思うと同時に、気が滅入った。
隣で、アイスミントがグランドルの表情から何かを読み取ろうとしていた。
「触れても良いか?」
とグランドルは唐突と知りながら尋ねた。
「へ?」
「どうぞどうぞ」
と勧めたのはハヴィだ。
レンはハヴィにじっと視線を注いでいる。後で問い詰めてやろうという決意が読み取れた。
グランドルはそんなハヴィたちに目を留めてから、アイスミントに視線をうつした。
アイスミントが動揺している。顔が真っ赤だ。
「・・・私の願いですまないが」
とグランドルは申し出てみた。
アイスミントが緊張しているが、拒絶ではない様子で、そっと手を伸ばす。
少し迷いながら、頭に手の平を置いた。
グランドルは目を細めた。安堵の息を吐いた。
さわさわと撫でる。
アイスミントが緊張しているがやはり黙っている。顔が真っ赤だが、大丈夫だろうか。
「お前が、倒しに行くのか。アイスミント」
とグランドルが尋ねた。
「え、は、はい。あの、勇者なので」
「・・・守ろう。だがどう倒したい。自分の力で倒したいか? それとも私が焼き殺すか・・・」
「え、あの、はい?」
アイスミントがパシパシと瞬いた。
「私が勝てれば良いのだが・・・。私が尽くすから、アイスミントで留めがさせれば良いのだが・・・。どの程度の魔王か掴んでいないが、場合によっては相当強い。アイスミントの強さはいかほどのものか・・・」
「えーと。生死に関わる事なんで、お邪魔しまーす」
とハヴィが手をあげてグランドルとアイスミントの視線に割り込んだ。
「どうした。ハヴィ」
「どうしたの、ハヴィ」
レンだけが無言でじっとハヴィの様子を観察している。
「魔王についての情報を、正しく集めた方が良いよね?」
とハヴィは真剣な顔で尋ねた。
***
魔王の力を把握するためには、複数の案がある。
一つは、強襲して、やられる前に撤退するという力技だ。あまりやりたくない。
なら、次は、やはり魔王の影響が強いところまでいって、できるかぎりの正確な予想を立てること。
または、情報収集して、勝算があると判断できる、魔王の配下の名のある誰かと戦う事。
「グランドルはさ、明らかに、魔王の軍勢のこと、詳しく知ってるよね」
とハヴィが尋ねた。
「そうだな。だが、あまり詳しく語りたくない」
とグランドルは答えた。
レンが口を挟んだ。
「グランドル、教えてください。アイスミントを含む、俺たちの生死に関わる事です」
「言わずとも、勝てたならそれで良いだろう?」
「それは・・・確かにそうですが・・・」
真面目なレンがぐっと呻く。
「あの、それで、どうして私は頭を撫で続けられているのか。グランドル、頭がハゲちゃいそうだからそろそろ止めて」
アイスミントが呆れたように言った。初めこそ大照れしていたが、あまりにも度々なので慣れてきてしまった。
「すまない。触れていないと、不安になる。幻を見ているのだろうかと」
不安になる度、アイスミントの頭を撫でさせてもらっている。確かな存在があると分かると安心できるのだ。
「精神安定剤なわけだね」
感心したようにハヴィが指摘した。
「今尋ねることではないかもしれないが、アイスミントとグランドルはまさか知り合いなのか? ハヴィ、知っているのか?」
「それこそ、僕の口からいう事じゃないと思う」
とハヴィが答えた。
グランドルが尋ねた。
「何をどこまで知っている?」
「さぁ。たぶん、本当のところのほとんどを、僕は知らないままなんだと思うけど。教えてくれたら嬉しいよ、グランドル。それとも、何か交換条件に僕にだけ教えてくれてもいいんだよ?」
「・・・考えておこう」
グランドルは目を細めた。
小賢しい人間。だが、嫌いでは無い。少なくともこのハヴィは。
きっと、アイスミントが頼る仲間だからだ。
頭を撫でる手をそろそろと離されて、名残惜しそうにグランドルに顔を見つめられるアイスミントはまた赤面した。
「・・・知ってる誰かと私を重ね合わせてたら許さないよ」
なんて言ってから、しゅんと落ち込む。自分の発言に傷ついたらしい。
「私がそんな失礼な事をするはずがない」
「すみません、目の前で口説くのは止めてもらいたい。王都に帰りたくなる」
レンが嘆息した。珍しい。
グランドルが視線をやると、レンが肩を竦めた。
「王都に残した恋人に会いたくなる。なぁ、ハヴィ」
「ははは。そうだなー。僕はグランドルの話の方が興味惹かれるけどね」
「王都中の娘が泣いてるな」
男二人の会話に、グランドルは首を傾げた。
「お前たちは、アイスミントの想い人だろう」
「え、ちょ、違うし!」
慌てたのはアイスミントだ。思わずと言うように、座っていたのを立ち上がろうとする。
「違うのか。珍しい」
「珍しい? 何それ、二人は頼もしい仲間でそれ以上の恋人とかじゃないし!」
「恋人とは言っていない。お前はいつも不運だから。想い人だろう」
「気の毒そうに言わないで! 違うから!」
「『いつも』?」
怪訝そうに言ったのはレンだった。
顔を見合わせたハヴィも言った。
「『いつも』。2度目じゃないってことか」
「2度目?」
そして、興味深そうに二人揃ってグランドルを見つめる。
グランドルは嘆息した。
「そんな話をしている場合か。魔王を倒しに行くのだろう」
「そりゃそうだけど、旅のスパイスとしてメンバーはそれぞれ思い出話を語りあうもんなんだよ」
とハヴィ。
レンが頷く。無言なのは言葉にするほどは同意していないという事だろうか。
グランドルが呆れたように、
「アイスミント。魔王の件はどうしたい」
と話題を振ると、アイスミントはどこか困った様子でグランドルを見ていた。
「どうした」
「・・・ううん。良い」
アイスミントは首を横に振った。少し嘆息している。
「えっと、グランドルは、助けてくれるのよね」
「当然だ」
「じゃあ、そうだな、強い魔物と戦いに行こう。グランドルは、多分、その魔物がどのクラスか分かるんでしょ。強さの程度で、魔王の勢力の程度も分かったりしないかな」
「なるほど。それは良い案だ」
微笑むと、アイスミントは不安そうにグランドルを見つめていた。
不安がらなくても良い。
今度こそ死なせはしない。
ハヴィが「手でも握ってたら」と言い出して、なぜかグランドルとアイスミントは手を繋いで移動する事になった。
レンとハヴィがアイスミントの想い人では無いと知ったことだし、握っても振り払われないので、グランドルはお言葉に甘えてそうさせてもらう。
***
魔物が全然出てこない。
グランドルの龍の気配で小物はなりを潜めてしまったようだ。
これでは徒歩での移動に意味はない。
立ち寄った町で強敵の噂を収集して、グランドルが龍に戻り、その町まで一気に皆を連れていく事になった。
町の人が驚いてはいけないので、初めての飛行先として廃墟を選ぶ。
「わぁ、すごく楽しい!」
と風がヒュウヒュウ鳴る中、龍に戻ったグランドルの背でアイスミントが喜んでいる。
ハヴィは、
「高いの好きじゃない・・・」
とテンションが落ちている。どうやら、高所恐怖症のために今まで飛行移動を避けてきたようだ。
レンが一番冷静だ。昔、飛龍使いに憧れた事もあるらしい。王城で飼いならしている飛龍にのって戦う部隊だという事だ。魔法に適性があったので、魔法剣士になったらしいが。
徒歩移動だと2週間はかかるところ、3時間で到着した。川や谷も一っ飛びだから最短距離でいけるのも大きい。