グランドル
本日2話目
ワァっと歓声がまた起こった。扉から、ドレスを着たアイスミントが入ってきたのだ。
驚いたのは、隣に金髪の青年を連れている事だ。
グランドルは瞬きをした。
誰だあれは。
「ウィルドナーク様! エスコートをなさるなんてっ!」
傍にいた女が悔しそうに言う。
「ウィルドナーク様とは、何者だ」
グランドルが尋ねると、女はハッと嬉しげにグランドルに笑んで答えた。
「この国の王子様です」
「強いのか?」
「え、そうですね、強いです。剣技も優れているって噂です!」
「噂か」
グランドルはじっとアイスミントを見つめた。向こうもすぐ気づいたようだ。
嬉しそうにニコリと笑う。頬が上気してる。
唐突に気づく。彼女は、恋をしている。
グランドルは瞬いた。
心臓がグッと掴まれたように苦しくなった。
アイスミントがこちらに声をかけようとしたが、隣の王子に誘導され、意識をそちらに持っていかれる。微笑みながら、王の座る椅子が置いてある方に移動するようだ。すでに打ち解けているように見えた。
グランドルは、落ち着けと自分に言い聞かせた。
彼女がいつも恋に落ちるのを、ずっと見てきた。今回もそうなっただけ。彼女が幸せになったなら、それで良い。今回がいつもと違うのは、自分はそもそも龍だという事。
彼女が生きて笑っていてくれたら、それだけでいい。離れたところで、幸せを願って眠りにつける。地底の洞穴で。
また、誰も訪れることはないのだろう。
そう思うと自嘲の笑みが口の端に浮かんだ。
王子がアイスミントを連れて王座の傍に向かう。
王たちは皆が揃うのを待っていたようで、やっと登場した。
盃を掲げて、勇者アイスミントと、レンと、ハヴィ、グランドルを称えようと皆に告げる。
皆が王のまねをして盃を高く持つ。
声を合わせて、皆で飲む。
意味が分からん。と、グランドルは思った。
いや、人間を何度も生きているから、乾杯などよくよく知っているが。
白けてしまうのは、自分が龍に戻ったからか。
いやきっと、こんな知らない者たちと飲む酒に喜びを感じないだけだと思い直す。
女たちが寄ってきた。うっとうしい。いや、違う。
そうだった、こういう時こそ、遊ばなければ自分は生きていけない。
グランドルは酒を飲んだ。
苦しい。
違う、今までもこんな思いは何度もした。耐えた。生きて、死んだ。
グランドルは唐突に気づいた。
そうか、今度は、自分はずっと生き続けるのだ。龍にとって死とは、永遠に近いほど遠くにしかない。
苦しい
「グランドル!」
ハッと顔を上げるとアイスミントが傍に来ていた。周りの女たちがちょっと遠慮したように退く。
「飲みすぎてない? 大丈夫? 意外とお酒に弱いんだから、気をつけなきゃ」
本当にその通りだ、とグランドルは失笑した。
彼女を抱きしめたくなる。離したくなくなる。危険だ。
早く去った方が良い、とグランドルは思った。
あまり傍にいられない。いたら彼女を自分に縛りたくなる。さらって、地下のあの洞に。
だめだ、彼女の幸せを奪ってしまう。
きっと自分も狂うだろう。
「見ない服装をしているな」
とグランドルは無理やり笑みを浮かべてアイスミントに話しかけた。
「うん。なんか着せられたのがこれだったの。グランドルは同じだったのね」
「レンとハヴィにも同じことを言われた。私は常にこの状態だ」
「そう。ふふ」
アイスミントが笑った。
グランドルは目を細めた。
「綺麗だ」
と教えると、少し驚いたように、そして嬉しそうにアイスミントが笑みを浮かべる。
「触れても、良いか?」
「え、今、頭?」
「駄目か」
「え・・・良いわよ!」
何かを急いだようにアイスミントはキリとした顔立ちで言った。
「どうぞ!」
グィと頭を出してくる。
これには驚いたが、お言葉に合わせて、頭の上に手のひらを置く。
「・・・いつもと違う。何か髪が固まっているのだが」
「んー。なんかまとまるようにって色々クリーム的なものをつけてくれたの、お城の人たちが」
と答えてから、プッとアイスミントがグランドルを見て笑った。
「そんなにしょんぼりした顔をしなくても!」
「確かに、意外なほど気落ちしている」
指摘を受けてグランドルはしぶしぶと手を頭から離した。
「おや、髪型が崩れたようだ」
「あ。でも良いの。分かってたし、撫でてもらった方が良かったから」
「すまない。困るようなことを決断させたのか」
そういうと、アイスミントは無言になってグランドルを見つめた。
「ねぇ、グランドル」
「なんだ」
じっと見つめ合う。
やはり綺麗になったと思う。彼女が恋をしたからだ。こんなに急に。
「アイスミント様、グランドル様」
声がかけられた。
見れば、金髪の王子だった。
アイスミントがさっと軽く礼をとる。そして王子に笑む。
「1曲目を踊っていただく栄誉をいただけませんか」
と王子が気取った仕草でアイスミントを誘う。
アイスミントは驚いた。挙動不審のような動きになって、なぜかグランドルを振り返ったりする。どうしたのか。
「行って来ればいいだろう?」
とグランドルは教えてやった。
アイスミントは僅かに眉根を寄せた。
「あの、ウィルドナーク王子様。ごめんなさい、私はただの町民なので、ダンスなんて踊れないんです」
とアイスミントは断った。
「大丈夫です。私に任せていただければ。たとえ足を踏まれても、誘った私が悪いのですから文句はありません。ただ、楽しんでいただけたら嬉しいのです。どうか」
「えっと、本当にごめんなさい、とても無理、無理なんです、あの、お気遣いをありがとうございます」
アイスミントは両手をアワアワと振って断っている。本気だなこれは、とグランドルはアイスミントを哀れに思った。
王子が残念そうに去ってから、グランドルはなぐさめた。
「せっかくの機会に、勿体なかったな」
「だって本当に無理だもの。それにこのドレスもものすごく大変なの! 息も大きく吸えないの!」
「本当か。大変だな。いつもの服で良かったのに」
「私もそう思うけど、王様が開いてくださったパーティだし。あと、苦しいって今分かったけど、ドレス自体は憧れてたの! だから嬉しいのも本当なの!」
「女心は複雑と言うやつだな」
「それ、残念ながらちょっと違う気がする」
少し会話に間が空く。
2人きりで良かったのに、グランドルに声がかけられる。
適当に返事をするのに、向こうは喜んでいる。一体何が面白いのだろう。
適当に振り切ってアイスミントの方に切り替える。
アイスミントは肩を竦めて、
「すごい人気ね」
とどこか仕方なさそうに言った。少し寂しそうだ。
その様子をじっと見つめる。
早く離れた方が良い、と、グランドルはまた思った。これ以上傍にいると、どうしていいのか分からなくなる。
「少し、2人で話せないか」
幸せを願い、自分は早々に帰ろうと思う。
アイスミントは驚いた。けれど何かを期待したように喜んだようだ。
「うん」
と言った後に、手招きする。
何かと思ったら顔を近づけろという合図だった。耳を指差すので、耳を近づける。内緒話だと理解した。
「一応私たち、主役だから、そーっと抜けないとね、分かった?」
「分かった」
こんな風に話すのが楽しくて笑みがこぼれた。
「でも多分、ものすごく難しいけどね」
クスリ、とアイスミントが笑った。
「ではどうすれば良い。もう気にしなくて良いのではないか」
「今、人目のこととか色々面倒くさくなったでしょう」
「実際その通りだ」
「ごめんね。うん、お詫びに、私が引っ張っていこうっと」
アイスミントがキョロキョロと周囲を見回す。何を探しているのか。
「どこか2人になれそうな場所で近い場所無いかしら。壁際とか、柱の傍とか、物陰とか。そういえばレンは?」
「そういえば、彼女を連れてバルコニーに行ったようだ」
「バルコニー! グランドル、私たちも、まだ誰も出てないバルコニーに行きましょう! ただし、レンのいるところからは遠いところで!」
「分かった。ではあちらに」
***
移動中も様々に声をかけられる。
全て知らない者たちだ。煩わしいだけなのに、皆浮かれたようになっている。
アイスミントはニコニコしてお礼を返している。
ならば自分も同じように振る舞うべきか。いや、もう龍なのだから人間の作法などどうでも良い。
やっと目的地のバルコニーに出た。ほっと一息をつく。バルコニーというのは一種の避難所のようだと理解した。アイスミントは、見えた景色に喜んでいる。
やはり綺麗になったな、と、思う。
「アイスミント」
呼びかけると、ハッとアイスミントが振り返った。
「うん」
わくわくした様子なのに、どこか不思議そうだ。可愛い。
いつも彼女の傍にいたけれど、いつも彼女は自分では無い者に恋をした。前の人の生では、心を打ち明けて理解はもらったけれど、自分はやはり選ばれなかった。
いつも傍にいたけれど、それは自分がそう努めたからだ。
それが、ましてや、人と龍の関係になってしまっては。
「私は、アイスミントに幸せに生きていてもらいたい。笑っていてもらいたい。それが私の隣で有ればどんなに良いか。・・・けれど、いつも違う者にきみは恋をする。ただ、幸せに生きていてくれたらそれでいい・・・。アイスミント、私はここで失礼しよう」
グランドルは告げた。
アイスミントは驚いた顔をした。動きが止まったようだ。
グランドルは微笑んだ。
「レンとハヴィにも、礼を伝えておいてほしい。きみたちなら、また洞に来ても歓迎する。洞窟のものたちにもきみたちの事は伝えておくから」
「待って」
アイスミントが、グランドルの腕を両手でガシリと掴んできた。
「待って。グランドル。さっきの、どういう意味」
「どういう意味とは」
「ねぇ。色々あるんだけど、何より、『私とは違うものを選ぶ』って、それ、何?」
「・・・言葉の通りだ。だが、もうこれ以上、私は傍にいるのは苦しい」
「私は、グランドルが好きなの! 一番! ねぇ、あなたが好きなのよ!」
アイスミントが強い口調で訴えた。腕がさらにギュウっと握られた。痛くないから構わないが。
それよりも。
グランドルは瞬いた。
「・・・私が一番好きだと? あの金髪の王子がきみの今回の恋の相手だろう」
「ぜんっぜん、違う! ぜったいに、無いっ!」
「この部屋に入ってきたとき、きみはとびきり美しかった。恋に落ちていた」
「それは、ドレスとお城の人たちの手腕と、あと、私が恋に落ちてるけど相手はあなたよグランドルッ!」
グランドルは息を飲んだ。
「私か?」
アイスミントが泣きそうになった。




