懐かしいもの
「グランドル。あなたがしないなら、私が行くわ」
背中から低い本気の声が聞こえて、ハッする。
少しでも間違ったら、アイスミントは本気で飛び出す。行かせるわけにはいかない。グランドルなら魔王に勝てても、彼女なら殺されてしまうだけだ。
グランドルは気を引き締める。
「魔王」
『は。良いよ。本気で来いよ』
魔王が怒りをにじませた。
グランドルは空に舞う。
舞いながら、灼熱のブレスを放った。
本来の魔王なら、こんな距離でも避けるか相殺してしまっていた。
オォオオオオウウウウウ・・・・!
燃やす。燃え上がる。
あぁ、無理なのだ、とグランドルは知った。
6分の1では、グランドルの至近距離からの攻撃には耐えられない。
戻ってきてほしいと強く願う。
「グランドル! 僕たちは魔王を倒しに来た! 戦ってくれ!」
背中からハヴィがウロコを叩く。
ハッと気を持ち直す。
突然、グランドルの身体が傾いだ。
「うわっ!」
見ると、契約の鎖が城全体から伸びている。
足がからめとられた。
「落ちついて、飛んだままでいて、切り落とす!」
止める間もなくアイスミントが背から移動する。
グランドルはギョッとした。落ちないでくれよ!
カシャン、と軽い音がして足の自由が戻る。鎖を簡単に切ったらしい。
「足首にまだ巻き付いてるの。場所が難しい、レン魔法で何とかできない!?」
「分かった」
シャン、と音がして、これまた足首が軽くなる。巻き付いていた鎖は消えたようだ。
「グランドル! お願い魔王を倒して! そうしたら元の暮らしに戻って、ねぇ、魔王じゃなくて私と一緒にいようよ! ご飯食べて笑って過ごそう!」
「アイスミント、それ、かえって士気を下げかねないよ」
ハヴィが注意を入れたのでグランドルは笑ってしまう。
「大丈夫だ、やる気が戻った。皆、感謝するぞ」
再び熱波を叩きこむ。城に、城の周辺に。一帯全て。
燃やし尽くす。
魔王からの反撃はない。他のものはグランドルに手も力も届くはずはない。
あっという間に崩壊する。全て、初めから幻であったかのように。
魔王。
また目にできて良かった、とグランドルは思った。
魔王が自分をここにひっぱってきてくれなかったら、自分はどうなっていただろう。
魔王がいたから楽しく過ごせた。仲間ができた。
結局あの龍に良いようにされて、人間になど落とされてしまったが。
お前の言う通りなのかもしれない。
世界を滅ぼさないように、世界がお前を生んだのかもしれない。
***
魔王討伐の旅が終わった。
「なんだか、グランドルだけで倒せたね」
とアイスミントが苦笑しながら、
「いてくれてありがとう、グランドル」
とお礼を言う。
「いや。色々声掛けをしてくれて良かった」
とグランドルは答える。
「俺たちの手柄は、グランドルに来てもらえたことだな」
とレンも楽しそうに笑った。
「魔王って弱いのかと思うぐらい圧勝だったね」
とハヴィも笑った。
***
アイスミントたちは報告を入れなくてはならないからと、人間の国に帰ることになった。
「では、私も戻ろう。楽しかった」
とグランドルが洞窟に戻る事を告げると、アイスミントは思いの外動揺した。
「えっ、どうしてっ! 一緒に、来てくれないの!?」
「魔王討伐の戦力に、という話だった。人の世界に帰るのだろう? 無理だ。私も自分の場所に戻るだけだ」
「傍に、いてくれるっていったじゃない!」
「それは・・・。私は龍だ。戦争があるなら力になれるが、それも終わった」
「人の姿で、一緒にいられるよ!」
傍で、ハヴィとレンも話し合いをしている。
「どうする。やっぱりグランドルに王都まで送ってもらえた方が早いよね」
「そうだな。すぐにでも戻りたいところだ」
「まぁ、キリキリ急がなくてももう今更だけどさ」
「いや、俺はすぐに戻りたい。彼女に会いたい。もう4年半だぞ!」
「4年半かー。長かったな」
「アイスミント、グランドル!」
レンが声をかけてきた。
「頼みがある。少なくとも王都まで送ってもらえないか。あと、王都までの時間を教えてもらえれば助かるんだが」
「分かった。人間の都だろう・・・ここから5時間ほどか」
グランドルが頷いて答えた。
「よし。ではすぐに。良いだろう、アイスミント? 俺は王に先に報告を送るぞ、良いな!」
「え、うん。良いけど、レン、ものすごく気合い入ってるね」
「愛しのヒューミーちゃんに一刻でも早く会いたいんだってさ。浮気してないと良いね」
「不吉な事を言うな!」
レンが本気で睨んでいた。
***
グランドルが空を飛び、3人を王都に連れて行く。
王宮仕えの騎士であるレンが、魔法の道具で先に報告を入れていたから、4人は王都で大歓迎を受けた。
誘導されて、広場に降り立つ。
噴水が中央にあるので、グランドルは壊さないように注意した。
着地すれば、レン、アイスミント、ハヴィの順番でグランドルの背から滑るように飛び降りる。
人が大勢いるが、レンの連絡の結果だろう、皆遠巻きにして見守っている。
3人を降ろしてこのまま去った方が良いのではとグランドルは思った。
「グランドル! お願い、一緒に来て! 人の姿になって!」
話し合いが途中だったためか、アイスミントがグランドルの頬の下あたりをペシペシ叩いて乞うてきた。
迷ったが、とりあえず人化する。
途端、ワァっという歓声と、それからキャーッという高い悲鳴が上がった。
明らかに自分の変化のタイミングでだ。
グランドルは驚き、周りを見回した。皆が驚愕の表情で自分を見つめている。
やはり自分の容姿は恐ろしいのに違いない。
このままではいけない、やはり自分は戻るべきだ。
アイスミントがグランドルを守るようにムッとして腕を組んできた。グランドルは彼女を見降ろし、言った。
「どうした。私は戻る。やはり皆にとって恐ろしいのだろう」
「違う! みんな、あなたの変化に驚いたの!」
「いや、悲鳴があがった」
「そっちは、あなたに見惚れてるのよ!」
アイスミントがどこか嫌そうに拗ねたようにグランドルに訴えた。
「私だって、あなたに見惚れたの! だから容姿とかは心配しないで大丈夫」
「え・・・なんだと」
「あなたはカッコイイ! 怖くなんてないの! むしろ好まれるの! そうなの!」
「そ、そうか・・・」
言い聞かせようとする剣幕に動揺する。
それから気づいて、そっと教えてやる。
「腕を話した方が良い。お前が恋に落ちるのに邪魔になる」
「・・・え? なんで?」
アイスミントが驚いた。それから、拗ねた。
「分かってないのが酷い・・・」
いや、分かっているからこその忠告だ、とグランドルは思った。誤解されてはまたアイスミントの幸せが遠のく。
「アイスミント。王様との謁見があるから、外した方が良いのは確かだぞ」
とレンも注意をした。
その隣で、ハヴィは周りの人たちに軽く手をあげて挨拶を始めている。
おかえりー!
という大声援が聞こえた。
***
王様との謁見があった。
グランドルは一目見て思った。瞬殺できる、と。
まぁ今のところする気は無い。
だが、やはり王というのは、魔王のような者こそが・・・と思い出して遠くに心を飛ばしそうになる。
何かいろいろ王は、アイスミントを初め、レンやハヴィ、グランドルにも言っていたようだがよく聞いていない。どうでも良かった。
ただ、この後、大宴会を用意している、というところだけはちゃんと耳に入ってきた。
旨い酒に期待したい。
***
何やら宴会には衣装交換が必要らしい。
アイスミントも、レンも、ハヴィも連れて行かれた。
グランドルについては尋ねられたが、意味が分からない。不要だと断ったら怯えられた。怖かったらしい。
人間の脆弱さは困ったものだ、などと思う。
人間も、それを感じ取ってしまうのかもしれない。
お時間ですので、会場へどうぞ、と連れて行かれる。
アイスミントたちはどうした、と尋ねると、それぞれで向かわれます、という返事だった。
グランドルは騙されていないか心配になってきた。
ここは人間の国だが、アイスミントたちは無事だろうか。
彼女たちは魔法で緊急連絡が可能な体制を整えているが、グランドルはそこに入っていない。その必要に迫られなかったからだ。
とりあえず従う事にして、会場だという大部屋に至る。
グランドルが到着した途端、皆の視線が集中した。
ワァッと声が起こるが、どうやら歓迎の様子だった。怖がられたわけでは無い様子なのが安心だ。
勇敢な人間が集まってきて声をかけた。
「よくやってくれた!」
「功績を称えよう」
言われている意味がよく分からない。
グランドルは人間で生きた事が数多いが、こんなに意味不明な事をいうのが人間だっただろうか。
なぜ魔王を倒して、お前たちからこのように言葉をかけられなくてはならないのか。
アイスミントとレンとハヴィはどこにいった。
ただ、4人で旨い食事と酒を楽しみたいだけだ。
周囲を見回す。人間たちは人化した自分より背が低いのがほとんどで、難なく見渡せる。
まだ来ていないのか?
じっとしかめっ面をしていたら、レンが扉から現れた。ほっとした。
「レン!」
「あぁ。グランドル」
にこやかにレンが笑顔を向けると、キャァっと黄色い悲鳴が上がった。
顔をしかめて見てみれば、女性たちがレンを見つめていた。頬を染めている・・・あれは憧れている様子だ、と判断してから、おやと気付く。ならば自分が人化した時に起こった声も、同種だったのだ。
「グランドルは着替えてないんだな」
「私はいつもこの姿だ」
「そうか。なら、随分待たせたか。大丈夫だったか?」
「皆を心配していた」
「はは。そうか。すまない、大丈夫だ。私たちの国だ。長旅だったから、皆歓迎しているんだ」
「そういえば、彼女には会えたのか、レン」
「実はまだ会えていない」
「なんだと」
驚いた時に、ハヴィの声がした。
「あー、目立つね、2人は」
ハヴィまで衣装を変えている。特徴的なローブではないから、一瞬誰かと思ったほどだ。
「グランドルは同じ服なんだ」
「私はいつもこの姿だ」
「ハヴィ。それ、俺も同じことを尋ねたぞ」
「そっか、あはは。だってさー」
〝英雄”が集う様子に、皆が注目している。
すると、レンがハっと気づいた。
「ヒューミー!」
「レン!」
人込みをかき分けて、レンと彼女が抱き合った。
「正しい恋人の姿だな」
「レンにとっての一番のご褒美だね」
グランドルとハヴィで観察する。どうもあの様子では彼女の浮気はなさそうだ。それは良かった。
レンと彼女の邂逅がきっかけになったのか、2人はまたどっと人に囲まれた。
「いや、めでたい! ハヴィくん、よくやってくれた! よくやってくれたよ!」
返答と対応に困るというのに、グランドルの周りは女性が多く集まってきた。女性が多いのは、男の方が生命の危機を感じ取るからかもしれない。




