傍にいるだけで幸せだと思う
花屋に通う様子は、神殿の皆にも知られていた。
『厄災』なのに可愛い行動をすると微笑ましく思われていたようだ。
他の者から見れば、龍が花屋の少女に恋をしているのは一目瞭然だった。
花代だよ、と自分に渡される小遣いから、龍に少しお金をくれた神殿の者もいるほどだ。
龍は毎日少女に会えるのが嬉しかった。
毎日買う花は、神殿へのお礼にと割れたコップなどを花瓶にして、人が集まるところに飾ったりもした。
何か神殿で手作りする品物があった場合は、仕損じたものを譲り受け、なんとか工夫して形にしてから、彼女に渡してみたりもした。
けれど、彼女は龍では無い別の者に恋をした。
町の見回りの騎士だった。前の彼女が恋した者に特徴が似ている。
龍は動揺して、彼女の恋が分かった日から数日を落ち込んで過ごしたが、これまた神殿の年長者に優しく諭された。相手の幸せを心から願えるのが本当の愛なのだよ、などと。
自分によくしてくれる神殿の人たちの言葉を龍は噛みしめ、ゆっくりと頷いて納得した。
そうだ、前の時もそうだった。
自分は何もできなかったけれど、彼女が幸せで笑っていてくれたらそれで良かった。
彼女が生きて、笑っていてくれさえすれば、龍も生きる意味があったのだ。
数日間辛くて止まっていたのを、再び少女に会いに花屋に行くようにした。
彼女の力になりたくて、わざわざ騎士と彼女が会えるように計ってみた事もある。上手くいって騎士と話せた彼女は嬉しそうに頬を染めていた。
彼女はどんどん綺麗になっていく。
龍はそれを毎日見ていた。
龍は、
『応援するよ』
と紙に書いて見せた。
彼女は目を丸くしてから、顔を赤くして
「やだもう、バレバレなの?」
と顔を隠すようにした。
どうして、この仕草は、自分が起こしたものでは無いのだろう、などと龍は思った。
けれど彼女が選んだのが自分でなかったのは仕方のない事だ。
『騎士様は、第2回目の献花日に、よく神殿に来るよ』
なんて情報も教えて上げたりした。
彼女は照れて恥ずかしそうにしながら、小さな声で、
「ありがとう」
と龍に囁いた。
第2回目の献花日に、彼女も来ていたのを龍は確認したし、ちゃんと騎士様も来ていたのも確認した。
自分が教えて上げた事だけれど、自分とは違う世界の出来事みたいに思えて、龍はやっぱり寂しくなった。
でも、これを喜ぶべきで、彼女の幸せを祈るべきだ。
龍は自分にできることを考えて、彼女にせっせと尽くす日々を送った。
彼女が笑って過ごせばいいと願うのは本当だから、恋に破れろなんて思ったことは一度もない。
積極的に成就を願えなかったのは、きっと自分のわがままだけれど。
だから龍のせいでは決してないのだけれど、彼女の恋は、今度も成就しなかった。
今度は、彼女自身が、例の騎士が女の子を連れて町を仲良く歩いているのを目撃した。その様子は、彼女の目から見ても、恋人以外の何者でもなかったようだ。
彼女はものすごく泣きはらして、それでも店には出ていたので、いつものように花を買いに行った龍は驚いた。
『どうしたの、大丈夫?』
「何でもない」
ズビッと鼻をすすりながら、彼女は笑おうとして泣いていた。
『お店、休んだ方が良いんじゃないの?』
「休んだ方が良いと思う? どうしよう」
こう尋ねられると、龍には正解が分からなかった。
困った龍は、
『今日は500テリル』
と書いた。
「えっ! 大丈夫なの? あ、今日はお使いとか」
彼女の言葉に龍はフルフルと首を横に振った。
『泣いている人に、あげる花束をください』
この言葉に、彼女はブワっと涙を浮かべた。
「わーん、良い子だー!! 良い子ー!」
彼女は龍に抱き付いて来てから、
「あれ、私の思いあがりだったら超恥ずかしい」
と気付いて笑った。
でも大丈夫だ、龍は彼女に渡す花束を貰いたいのだから。
「え、待って、本当に今日は500テリルで良いの?」
この言葉にコクリと龍は頷く。
それから、龍は彼女が好んでいると知っている花を指差した。
「え。それを入れるの?」
コクリと頷く。
「え。ねぇ」
彼女は戸惑いながら尋ねてきた。
「私にくれるつもり?」
コクリと頷く。
「そっか、本当か。ありがとう」
彼女は少し迷う様子だ。龍は決意を伝えようとじっと彼女の瞳を見あげる。
「え。あ、じゃあ、あのね、選んでくれたら、嬉しいな、っと」
この言葉に龍は驚いた。その驚きは表情に現れたようで、彼女が笑って頷いて来る。
花屋に、他の客が来た。
けれど、龍と彼女のやりとりを見聞きして微笑んで見守ってくれていた。
でも、急がないと迷惑になる。
龍はそう判断して、慌てるように、花を選んだ。
値段が分からないから、途中で、口の動きで、
『500?』と尋ねて確認するのも忘れない。
「大丈夫、まだいける」
と彼女が言う。
龍は選んで、ついに花束にしてもらうべく彼女にそれらを手渡した。
「リボンつけていい?」
尋ねられてコクリと頷く。
彼女は、龍が彼女のために選んだ花束をつくって龍に渡した。500テリルと交換だ。
龍は手に入れた花束を満足して見つめてから、嬉しくて笑いながら彼女に差し出した。
『どうぞ』
「やだ本当に嬉しいー!」
感動した彼女は、叫ぶように言って顔をぐしゃりと崩し、花束を持つ龍ごと抱きしめた。
「ありがとー!! ありがとうよ本当にー!!」
「良かったねぇコルリちゃん」
見守っていたお客まで拍手して声をかけている。
龍は彼女が喜んでくれて嬉しかった。ギュウギュウと抱き付いて喜んでもらえることを自分ができたことが誇らしかった。
彼女は涙に鼻水も流しながら、笑って花束を受け取ってくれた。
「あー、もう、今日が良い日になれ~!!」
なんて花束を見つめておまじないみたいに祈っていた。
彼女は失恋してしまったけれど、笑顔が消えたわけでも死んだわけでもない。
とはいえ、龍は一度に10日分を使ってしまったので、しばらく花屋に行けなくなった。花も買わないのに花屋に行くのはダメだろうと思って自重したのだ。
すると、3日目に、神殿の一人が龍にクッキーを持ってきてくれた。
「花屋さんのコルリちゃんが、お礼に渡して欲しいって持ってきたよ」
これほどうれしい事があっただろうか。龍があまりに感動してクッキーの包みを受け取るので、そこにいた者たちが楽しそうに笑ったほどだ。
そうだ、彼女はまだ神殿にいるんだろうか。
期待が顔に出たらしい。
「あー、コルリちゃんは店があるからってもう帰っちゃったけど。また花屋で会えるもんな?」
コクコクと、龍は頷いて、喜びのままに手の中のクッキーをジィと見つめた。
クッキーは大切に食べた。
神殿の何人かが「お、良いもの食べてるな!」と声をかけ、1人は「いいなー、私も食べたいなー」と言ってきた。
食べたいと言われて酷く迷ったが、皆にお世話になっているのは日々実感している。龍はクッキーの包みの中身をジィと見つめてから、そっと1枚を持って差し出した。笑われた。
「ごめんごめん、良いよ、全部大切に食べたらいい。冗談だったんだよ、ごめんね」
きょとんとしたが、安心した。
笑みが出てしまったらしいのに気付かれて、また笑われた。
幸せだと龍は思った。幸せに生きているのだと実感した。
***
次にお小遣いを受け取ったら、また花屋に毎日行けるようになった。失恋のあの日よりも仲良くなっている実感があった。
龍は、自分が言葉を話せたらどんなに良いかと願うようになった。
首輪さえ外してくれたら、願いはかなう。絶対に、声以外、力を使わないと約束するから。
龍は思い切って、神殿で龍を管理するべき人たちにお願いした。
『話したいので、どうか首輪を外してください。決して悪い事はしないと誓います』
普段の龍の様子を良く知っている神殿の人たちは、どうしようかと相談を始めた。
外してやりたいと思ってくれているのは分かったが、首輪や腕輪や足輪については、神殿で、龍が生まれる前から厳しく決められている事らしかった。
じっと期待して龍は待った。
幾日か目で、待つだけでは足りないかもしれないと思い至ったので、
『どうかお願いします』
と毎日お願いの文書を届けることにした。
神殿は酷く迷っていた。
龍は一刻も早くと願っていた。彼女と声で言葉を交わしたい。
そうしながら、毎日花屋に通っては花を買う。
その日も花を買って、神殿に飾り終えて、予定通りに過ごしていた。
「大変だ!」
と一人が駈け込んできた。顔色が悪かった。
彼女が、馬車との事故で死んだのだと知った。
龍は葬儀にも連れて行ってもらった。
雨が降っている日で、皆が悲しみに濡れていた。
彼女はすでに棺桶に入っていて、触れることもできなかった。少し離れたところから、花に囲まれた顔を見れただけ。
大声で龍は泣いた。こんなに涙を流して叫ぶのに、声が一切出なかった。
葬儀が終わっても、龍は自分を詰り続けた。壁に頭を打ち付けて、周りが止めようとするのを暴れて振り払う。
どうしてまた彼女を死なせてしまったのか。自分は助けることも何もできないままで。
それなのにきっと自分はまたこのまま生きていくのだ。彼女はもういないのに。
龍は暴れて暴れて暴れたので、ついに神殿の奥に閉じ込められた。
声が出ないのに叫び続ける。
首輪が外される事も、当然ない。
龍は、そのまま、神殿の奥で一生を過ごした。無駄に頑丈な身体が尽きるまで。
***
それから龍は、また生まれ直す。そうしてまた彼女を見つける。
彼女は龍と出会いながらも、別の誰かに恋をする。好みはどんどん変わっていく。
そして彼女はいつも失恋しては泣く。あっという間に死んでしまう。
龍は何もできずに彼女を失って、嘆いて、死ぬまで生きる。酒と遊びは覚えたけれど。
ただし、途中から、龍には首輪も腕輪も足輪もつけられなくなった。神殿の怠慢だろうか。
けれど、人の世に何度も何度も生まれ落ちていた龍は、枷が無いからと言って暴れ出すような事もしなかった。それに生まれ変わる度に、人では無い力がどんどん失われているように思う。
龍は生まれ変わる度に彼女を見つけ、その度に他の者に心を奪われる様を近くで見る。
彼女が望むなら。彼女のために。
彼女が想いを今度こそ実らせて幸せに過ごせるようにと、龍は助力を惜しまない。
ただ、笑って生きていてくれることだけが、龍の望み。彼女だけが龍の生きる全て。




