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彼女の思い出

年上の少女も、貧民街の住人だった。彼女は自分を売り物にした生活を始めだしていた。

昼間の彼女は面倒見がよくて、年下の者たちに明るく振る舞い人気があった。


龍も彼女の助けになりたくて、毎日彼女の顔を見に走った。

何かを運んでいる様子ならば進んで手伝う。

声を出せないけれど懐いている龍の様子に、彼女は笑って頭を撫でてくれる。

「ありがとう。あんた、良い子だね」

それだけで龍は嬉しくて目を細める。頭を撫でてもらうのが酷く心地よかった。

何かもっと力になりたかった。


ある日、彼女は恋をした。

たくましい騎士様だと彼女は話した。

「タチの悪いのがいて、絡んできたのを、助けてくれたの! こんな最下層のあたしにも、優しくしてくれたんだ」

そう言って、彼女は今まで見せた事の無い、はにかんだ顔で笑った。


龍は胸が苦しくなった。

だけどこんな笑顔が見れるなら、力になりたいと強く願った。

身振りと口の動きで、

『応援する。ガンバレ』

と伝えると、

「良い子! ありがとう!」

と少女は龍の頭を抱き寄せて喜んだ。

「期待してる、まずは巡回の時には会えるようにしなくちゃね!」

鼻歌を歌いながら髪を手ですいて整える彼女が、急に遠くに行くような寂しさを覚えた。


龍は彼女にも頼まれて、例の騎士様が見回りにやってきていないか頻繁にチェックした。

彼女が言うには、

「えっとね、たくましくて、でも顔は女っぽいって言うか、男なのに女にも見えるような、そんな感じ。太ってないけど、やせてなくて、背は高かった。髪の色は灰色みたいだけど、日の光が当たったらもう輝いて見えたんだ!」


該当すると思われる騎士が町に現れるたび、龍を始め年下の者が彼女にそれを知らせに走った。

龍はそうして彼女の憧れの騎士を見た。


彼女が嬉しそうに騎士に声をかけていた。騎士はすでに何度かで顔見知りになったらしく、貧民街の人間だというのに軽く会話を交わしている。


昔の自分に似ている気がする、と龍には思えて仕方なかった。

魔王城では人化する機会は多かった。遊び好きな魔王の企画で、魔王含めて7人が鏡の前で皆の衣装について好きに文句を言いあったことがある。そのまま2組ほどは本気でケンカになった。一体何をやっていたのかと思うが、賑やかで楽しくもあったのは間違いない。

とにかく、己の姿は鏡で見て正しく知っている。


背丈、体つき、男にも女にも見える顔立ち。白にも見える色素の薄い髪。


どうして。と龍は思った。

お前は、私の姿を嫌ったのに。どうして今、そんな者に心を寄せるのか。私の目の前で。

自分が似てると思っているだけで、実際は違う。あれはよくて自分は醜かったのだと、一生懸命何度も考えたが、酷く辛かった。


「あたしに名前を教えてくれたんだ。リロ様って言うんだって。ふふー」

少女らしく頬を染めて嬉し気に話の内容を教えてくれる。

嫉妬したらしい、他の誰かが、

「ユーリ姉ちゃん、そんなにあいつが良いのかよぅ」

と拗ねたように言った。

「えー、人気者は辛いなぁ」

と彼女は茶化しながら、それでもきちんと答えをくれる。

「なぜかわかんないけど、すごく好きなの」


龍は酷く切なくなった。

けれど声さえ出せない。

自分は彼女にそんな風に見てもらう資格など持たないのだと、思った。


***


彼女の恋は、実らなかった。

騎士様にはきちんとした恋人がいることが知れたのだ。

彼女はその知らせをしばらく否定していたが、ついには婚約指輪を騎士の指に見つけて、衝撃を受けていた。

彼女は酷く泣いていた。


龍は腹立たしく思った。彼女をこんなに泣かす騎士が許せなかった。

ずっと自分が傍にいるからと励ましたかったのに自分はそれが言えなかった。


代わりに、他のものが同じようなセリフを彼女に言った。

彼女は泣きながら笑って、

「ありがとう」

とその子を抱きしめた。


龍は酷く悔しくて、一生懸命アピールした。

『負けるな、ガンバレ』

彼女はやっと気づいて、

「ありがとう。みんな優しすぎー」

と笑ってくれた。


***


大人になる前に、彼女は死んだ。

町のあちこちで起る暴力沙汰の一つに巻き込まれて、殴られて死んでしまった。

龍は知らせを受けて駆け付けた。すでに他の者たちが傍にいて、死体になった彼女のために泣いていた。

龍も大泣きした。ただし、涙は出るのに声は出ない。彼女の身体に取りすがった。


龍だった遠い昔、彼女を死なせてしまった事がまざまざと思い出された。

自分は今回も何もできなかった。


他の者が、泣き縋る龍たちをなぐさめる。

大人たちの言葉に従って、皆で彼女の身体を土に埋めて墓を建てた。

龍は毎日訪れるようにした。墓に花を添えて周りを綺麗にして世話をする。けれど返事は無くて虚しかった。もう死んでいるのだから当然だ。


生きる意味が消えたと思った。

だけど龍はもう龍ですら無いから、暴れることも何もできない。


他の者が命を落としていく中で、龍は大人に成長した。

首輪と腕輪と足輪は、神殿から使いがあって、成長に合わせて交換された。


神殿で鏡を見た。

その中に映る人間は、昔の人の姿とまるきり違っていた。どこにも龍の面影はない。

まるで死んだような目をしていた。


生きようと思わないのに、生きていた。

龍は、首輪や腕輪や足輪をつけられたままでも、ずっと普通の人間より頑丈だった。


最期に、長く生きて、生きている事に耐えられなくなった龍は、川に飛び込んで自らを殺した。


***


まどろみを許す暗闇が訪れる。

水に押されるままに龍は流されていく。

そうして、白い光を感じて瞼を開ける。


***


次に気が付いた時には、また新たに人に生まれ直していた。

龍は驚きと同時に絶望を感じた。

また自分は生きていかなければならないと分かったからだ。


数日後に神殿から使いが来た。今度はその場で、首輪と腕輪と足輪がつけられた。

どうやら、『厄災の誕生日』と予言されていたようだ。この日生まれの者には全てつけられているらしい。

あまりの大ざっぱさに呆れた龍は、成長して意志を表現できるようになると、筆談でもって神殿に赴いた。

他の者たちから首輪を外してもらおうと思ったのだ。


ついてきくれた両親を別室に待たせて、龍は筆談で自分が『厄災』だと神殿に知らせた。

証拠を求められたので、腕輪を外させてから力を使った。

筆談で使った紙をつまみ上げて、燃え上がらせた。

神殿は驚き、龍こそが『厄災』と認めた。

他の者からは首輪などを外すように手配すると約束してくれたので、人間にもいいところがあると龍は思った。


筆談で話を進めて、龍はそのまま神殿で暮らすことにした。

両親は驚き泣いてくれたけれど、首輪がつけられたあの日に周囲から白い目で見られてもいた。

龍こそが本物の『厄災』だと明かした今、両親の元にいるのもきっと負担が大きいだろう。

こうして、龍は再び神殿で暮らし始めた。

ただし、以前から年月が経っているから、規則などは色々変わっていたようだ。


8歳を過ぎても龍は神殿から追い出されることはなかった。

むしろ神殿には親切な者が多かった。

必要であれば筆談する。

いっそ声が出るように首輪を取り外してくれればいいのにと思ったが、封じておかないと人間たちが困るのだろう。


神殿を拠点に、龍は暮らした。

さらに2年が過ぎた頃だ。神殿からの使いで町に出かけた龍は、花屋の少女に目が留まった。まるで吸い寄せられるようだった。

彼女に似ている、と龍は思った。

龍は期待を胸に花屋に近寄った。


「はぁい。いらしゃーい」

龍に気づいて少女が笑顔で声をかけた。

姿や顔立ちは違うのに、彼女だと思った。また、会えた。龍は感動で顔を赤らめて立ち尽くした。


「えーと、お客さん? 神殿のお使いの人?」

少女は龍の様子に首を傾げつつ、龍の衣服から神殿関係者である事を見て取った。

首輪で声が出せない龍は、コクコクと頷きを返した。

彼女は少し不思議そうな顔をしてから、にこりと笑んだ。

神殿には、生まれつき声を出せない者もいる。身体の一部が不自由な者が多いのだ。龍の事もそのうちの一人だと思ったのだろう。


「何のお花がいりますか? 捧げる方? 祈りの手持ち用?」

尋ねられて、龍はハッとした。買う事になっている。どうしよう。

とっさに自分に持たされている小遣いの額を計算する。それほど多くない。献花用も、手持用も立派な花を選んで使うから買うのは心もとない。

焦って龍は首をフルフルと横に振って、口の動きで『自分に』と伝えようとした。


彼女は首を傾げた。伝わらなかったらしい。

焦って龍は、常備している紙とペンを取り出す。

『自分用に、安いのを、少し』

「わぁー。さすが、綺麗な字」

紙を覗き込んで彼女が言った。紙を覗き込むから顔が近い。龍は赤面した。胸が早鐘を打つ。


「予算を教えてくれない?」

『50テリルほど』

「うん、分かった。あたしが、選んでいいの? 自分で選ぶ?」

彼女に選んで欲しいに決まっていた。

急いで書く。

『選んで欲しい』

「はーい、ちょっと待ってね~」

注文確定を受けて彼女は笑顔を見せてくれる。龍は嬉しくて、自分のために花が選ばれる事を幸せだと思った。


予算の影響で、とてもささやかな、薄い青と、薄いピンクの小花2本が選ばれる。

「これでどう?」

龍はコクコクと頷く。

彼女は笑って、

「葉っぱ、おまけにつけちゃうね。はい、ありがとう、また来てね!」

と自分にささやかな花束を渡してくれた。正しくは、50テリルと交換で、だが。


花束を受け取って文字が書きにくくなった龍は、笑顔と口の動きでお礼を伝えた。

『ありがとう』

「こちらこそ!」


顔を赤くして笑みをこぼしてしまう龍を、花屋の彼女はにこにこして見送ってくれた。


その日以来、龍はお小遣いの許す限り、せっせと毎日花を買いに行った。

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