再びの目覚め
地底洞窟の最奥で眠っている。
眠りを妨げる者が訪れることなど、もう無い。
***
「やぁ、やぁやぁ!」
鼻先にチクチクした痛みを感じて、グランドルはふと瞼を開けた。
寝起きの視界はぼんやりするが、次第に焦点が合っていく。
鼻先で何かがチラチラ動いている。
「やぁやぁ! あっ、起きた!? ねぇ起きて!」
幻聴かと思ったのは、ここが地底洞窟だからで、人間の女の声が聞こえるはずがないからだ。
てててててん。
軽快な足取りで、ムズムズは灼炎龍グランドルの鼻先から鼻頭に登ってきた。
焦点をやっと合わせてみれば、やはり人間だった。
「起きた! ねぇお願いがあるの、私たちの仲間になってくれない」
〝ごきげんよう、地底の赤い龍神様。あたしは、巫女だよ。あなたに会いにわざわざ、地上から、来てやったのさ。わざわざこんなところまで来たあたしにご褒美をちょうだいな。どうかあたしの味方になって。あたしはあんたの巫女なんだよ”
灼炎龍グランドルは瞬きした。思い出が、重なった。
ゴミならばふるい落としてやれば済む話だったが、灼炎龍グランドルはジィと自分によじ登る女を見つめて、静かに動いて地面に降ろしてやった。
グランドルは尋ねた。
「どうした。お前はまたここまで一人で来たのか?」
女はキョトンとして、それから笑った。
「『また』? 一人ではこんなところまで来れないわ。大変だった。仲間と一緒よ。あなたが女好きって聞いたから、男どもは今、身を隠しているわ」
グランドルは息を吐いた。一人で来たわけで無いなら良かった。ここは危険だ。自分の眠りを妨げないように、配下が洞窟中を徘徊している。
「女好きとは酷い誤解だ」
グランドルの態度に女はおかしそうに笑った。
そして、女は期待と不安の混じった目でグランドルを見上げている。
「お願い。魔王を倒しにいくの。あなたは昔、巫女に乞われて人間に力を与えたっていう伝説の赤い龍でしょう? お願い、どうか力を貸して。・・・それとも、わたしは巫女じゃないから、駄目かな」
「構わない。お前の望む力をやろう」
女は瞬きをして、はにかんで笑った。
「なんだか思ってたのと違って、随分と優しい龍神様なのね」
「いいや。それに」
グランドルは言いかけて、止めた。言わなくても良い事だ。
「お前だけに呼ぶ事を許そう。私の名はグランドル。お前の名を聞きたい」
「グランドル。分かった。私の名前は、アイスミント」
「食べ物の名前か。珍しく可愛い」
「どういう意味かしら。よくある名前よ?」
「そうか。良かったな」
アイスミントという名前の女は再びきょとんとした表情をして、
「グランドル、あなた、ひょっとして誰かと私を重ね合わせていない?」
と尋ねた。
「いいや。そんな無様な事はしない」
「そう」
「仲間を、紹介しても良い? 男が近寄っても怒らない?」
「失礼な者たちでなければ」
グランドルの返答を受けて、アイスミントが仲間たちを呼んだ。
やや遠方の岩の陰から、男たちが2人やってきた。
グランドルはムゥ、と呻いた。
「たった3人でここまで来たのか!」
「えぇ。・・・あの、気に入らないの? でもレンは真面目だし、ハヴィも優しい人よ」
グランドルは首を少しだけ横に振った。普通に動くと彼女たちに当たってしまうので気を付けた。
「いや、同行者が真面目で優しいなら良い事だ。私が不満なのは、3人だけならお前たちが酷く負傷する危険があったということだ」
3人がきょとんとして顔を見合わせ、ほっとしたように笑った。
一人の男が進み出てきた。魔法剣士のようだった。
「赤龍様。俺はレンです。どうぞよろしくお願いします。それから、彼女、アイスミントは、こう見えて勇者の称号を持っているので、強いのです。3人でも十分これました。ハヴィの回復魔法も優れています」
名前を受けて、もう一人が一歩近寄った。ローブを着ている。魔術師か、獣使いか。
「僕がハヴィ。確かに強敵揃いだけど、死ぬほどじゃない。ところで、僕たちはあなたを何と呼ぼう。名前を呼んでも良いのはアイスミントだけなんだろ」
グランドルはじっと彼ら二人を見つめてから、
「許そう」
と言った。二人は信用できそうに思ったからだ。
「時にアイスミントよ。この良識ある人間の、どちらがお前の想い人なのか聞いて良いだろうか」
「えっ!」
「え」
「ぶ」
アイスミントが酷く驚き、レンが静かに声を上げ、ハヴィがなぜか笑いをこらえるような音を出した。
「な、なんでそんな」
「アイスミント、グランドル様が聞いているんだから真面目に答えなきゃ」
ハヴィが企んだような笑顔で微笑むのを、アイスミントがギョッとしている。
「『様』は不要だ。ただのグランドルで構わない」
「信用してもらって嬉しいよ、グランドル」
グランドルにハヴィが微笑む。龍相手にこの振る舞い、只者では無いようだととグランドルは思った。
「ちょ、ハヴィ、何言ってるの、そして何仲良くなってるのよ!」
「アイスミントを差し置いて、ね」
「・・・」
魔法剣士のレンの方は無言で様子を見守っている。
この落ち着きなら、レンの方か。または三角関係だろうか。とグランドルは思う。
「アイスミント。私はお前の助けになろう。何でも良い、言うのだぞ」
「え、はぁっ? え、もう、何なのよ一体!」
グランドルの申し出にアイスミントが顔を赤くして怒るのを、グランドルは気持ちを暖かくして見た。
元気そうで何よりだ。
できれば、人間の姿になってよく見たい。同じ人間の姿の方が、詳細がよく掴めるからだ。
だが・・・。
「ところで、赤龍様が応じてくださる幸運に恵まれたが・・・どうやってここから出るのです?」
静かにしていたレンが、見回した後でグランドルを見て尋ねてきた。
「・・・龍の姿から変われば良い。鳥でも、馬でも・・・人間でも」
他にも可能なのに、人間という選択肢をはっきり出してしまうのは自分の醜い願望だとグランドルは知っている。
「人間に変われるのね! 鳥や馬はここでは無理よ、人間になってもらえないかしら」
「・・・」
自分で提案しておいて、グランドルは迷った。
三人が期待したように見つめている。
それに、自分も人間にはなりたい。良く見たい。だが・・・。
「人化しても良いのだが、一つ問題がある。酷く不快なはずだ・・・」
「え?」
「不細工って事ですか? 俺たちは気にしない。もし人間という生き物に見えないレベルなら、洞窟を出た後からでも、同行いただくために、他の無難な生き物に変わってもらえれば、と思います」
と言ったのはレンだ。
「支障は、ないと、思うのだが、恐らく・・・」
まごまごしているのを、今度はハヴィが首を傾げた。
「まぁ、やってみてよ」
グランドルは、チラリとアイスミントを見てから、意を決した。
心がじくじく痛む。でも、見たい。
葛藤の末に、見たい方が勝った。
グランドルは、魔力を使って人化した。
〝そんななりをするあんたなんて、大嫌いだっ!”
見まいとして拒否するようにこちらに手のひらを向けて顔を隠して、逃げていった。
待て、なぜ!
そんなに、私の姿は、醜いのか。
「すごい美人」
ハヴィがポツリと呟いた。
声にグランドルがそろそろと目を開けると、三人が揃って自分を見つめていた。
様子に、ゴクリとグランドルが唾を飲みこんだ。
同じ人間となったので感覚が揃う部分が多く、三人の様子が龍の時よりよく掴めた。
ハヴィはまじまじと自分を、感心したように見つめている。
緑色のフードには細かい刺繍がしてあった。確か魔力を強化する役割を持っている。
他にも身に着けているのは上質のものばかりだから、金には困っていない者なのだろう。
顔立ちも整っているのが分かった。研究者的な存在かもしれないとグランドルは思う。
レンも息を飲んでいる。なぜか照れたようで赤くなり、目が泳ぐ。
こちらはやはり魔法剣士のいでたちをしているが、目鼻立ちがはっきりしていて女性に好まれる容姿をしていた。
そのレンに、
「女性、だったのですか?」
と尋ねられてグランドルはショックを受けた。
「私はオスだ」
そうか。オスに見えないのか。グランドルは項垂れた。
「あ、違います、違うんです、顔があまりにも美しいから。背格好は立派だ。男らしい」
「神様って感じだね」
慌てるレンに、ハヴィがフォローに入っている。
アイスミントにはどう見えているのだろう。チラリと気にすると、彼女は真っ赤になって、目があうとフルフル震えた。
少女の年齢だ。
顔立ちは違う、とグランドルは思った。気の強そうな、けれどどこか幼い顔立ちだ。少なくとも健康そうで元気そうで、グランドルは安堵した。
そしてグランドルは謝った。
「すまない。・・・他の生き物に変わるとしよう」
自分の確認欲に負けて、人化してしまった。心の根の良い彼らだからの反応で、実際は見苦しい姿なのだろう。
特に、女性にとっては・・・。
「えっ、待って、大丈夫よ」
気落ちしたのに気付いたようで、慌ててアイスミントが止めてきた。
「すごく、あの、驚いただけ。格好良くてむしろ人気者になるわ、大丈夫!」
「・・・本当か?」
「アイスミント、きみの理想、グランドルだろ」
ハヴィの軽い口調にアイスミントが「もう」と怒る。
「赤龍様。その人間の姿で行きましょう」
レンがいち早く冷静になったようで、グランドルに笑んだ。その雰囲気に好感が持てた。グランドルは笑んだ。
「グランドルで構わない」
「分かりました。グランドル」
人の姿含めて迎え入れられたのに安堵する。
同時に、彼らの気質を好ましく思ってさらに安堵した。




