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リントヴルムの魔法紡ぎ  作者: 小津 カヲル
六章 故郷へ

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59 核

 レオナルさんが去り、急いで出発したのと同時に雨が降り始める。

 ぽつぽつと車窓を叩いていた雨は、すぐに激しさを増して、雨期によくあるバケツをひっくり返したような雨に変わっていった。

 

「すまない、リズ……不安だろうがすぐに出発する必要がある」


 一度は戻ってきたラルフだったけれども、新たな追っ手が加わることを考えて、外で警戒しながら休憩する場所まで強行することになった。

 詳しい話をするどころか、強い雨に打たれる騎士たちに再び護られ、ただ待つしかなかった。

 ザアザアと降る雨は、ラルフたちだけでなく馬車を曳く馬たちにも負担となる。早めに休める場所まで向かうという判断は、正しいのだろう。


「ウィンスの町までに、雨を凌げる休憩所がありますの、そこまでは何とか辿り着くしか他に方法がないのですわ。大丈夫よ、ここのルートはコンファーロで使っているのもあって、舗装整備は見た目以上にしっかりしているので安心なさって」


 クリスチーナさんが言う通り、山沿いの細い道で崖に面している場所も多いけれど、どこも崩れてはいない。

 一方でこんな騒ぎがあっても、シュウさんは再び絵を描く作業に没頭している。というか、騒ぎがあったからこそ完成を急いでいるように見えた。遠目でも、鬼気迫るものを感じる。


『リズ、川だ、また見えた』


 ずっと窓から外を眺めていたヤタが、谷底に見えはじめた川を発見して、なぜか夢中だ。蛇行して流れる川の水は、早くも雨が流入しているようで茶色く濁っている。


「ホロラル川っていうのよ、ヤタ」

『ホロラル、ホロラル』


 オウム返しをしながら、じっと金色の目は雨で霞む景色を見続ける。


「いよいよ強くなってきたようですわ……()()()()わね、降る前で」


 クリスチーナさんの言い方には、何か含むものを感じるが、それは私とて同じだった。

 レオナルさんが本当にラルフと敵対するつもりならば、あの曇り空の下、雨が降るのを待たずに現れたのは不自然だ。まるで本当は私たちを害するつもりがなかったと言いたげで……。

 でも希望を持ってしまうと、それを裏切られた時が怖い。

 もし油断してラルフが傷ついたら、きっと私は……レオナルさんを憎らしく思ってしまうだろう。


「そろそろ休憩所に着きそうで安心したわ」


 悶々としている間に、私たちを乗せた馬車は、大きな庇をもつ屋根の下に入った。

 護衛をしてくれている騎士たちも馬を寄せてきたのは、一緒に今後の対策を練るのだろう。馬車を降りると、ラルフも含めて塗れた服を魔法で乾かしていた。

 魔法って本当に便利。でも雨に濡れて身体が冷えてしまうのは、どうにもならないはず。私とクリスチーナさんは急いで皆のために、休憩小屋の中で温まれるようにと、暖炉に火を入れることにした。


「シュウさんも、中で温まりませんか?」


 荷台に残っていたシュウさんの様子を覗くと、暗い中でまだ筆を動かしていた。


「暗い中でよく描けますね、灯りを着けましょうか?」

「……いや、せっかくだから一緒に行くよ」


 そう告げながらも、絵と筆を抱えた。

 どうやら中でも描き続けるつもりらしい。私もよく集中すると時間を忘れる質だけれど、シュウさんには負けそう。

 そうして温かい室内でお茶を渡し終えたところで、私たちは今後のことを話し合うことになったのだけれども。


「ウィンスで機動性を重視して馬車を小さいものに替える、クリスチーナとシユウは予定通りそこで降りてもらう」


 話し合いではなく、通達だった。

 ウィンスには別の街道が通っているので、追っ手が待ち構えている可能性が高い。けれどもホロラル橋を渡ることが出来さえすれば、逃げ切れるというのがラルフたちの見立てだった。


「馬車を入れ替える必要はありませんわ。あの荷台は分離できるの、ただしシユウの着けた魔石が荷台の方にあるからそれは移動することになるけれど……」

「それならすぐに付け替えられる、心配ない」


 シュウさんの言葉に、ラルフたちが頷く。


「だが可能な限りウィンスへは急ぐ必要がある。この激しい雨でホロラル橋が浸水してしまえば、ウィンスに足止めされかねない」


 この先にあるホロラル河の橋は、雨期には増水した川の中に沈む設計となっている。それは橋を護るための工夫だそう。

 今年はまだ雨の量が少ないせいもあり、封鎖されるギリギリを狙ってラルフたちはこのルートを選んだらしい。


「そういう事なら、尚更完成を急がないといけないな。出発前に魔石を移動させるから、それまでは描かせてもらう」


 シュウさんがそう言って、早々に話し合いの場から退き、絵を描くために部屋の片隅に移動してしまった。

 風雨は相変わらず激しいようで、簡素な休憩所の屋根や壁からその音を室内に届ける。

 ラルフや護衛の騎士たちは、風に飛ばされてきた枯れ枝や小石を受けて、かすり傷をたくさん受けていた。クリスチーナさんは荷物の中から傷薬を取り出してラルフに手渡してくれた。私は水筒の水でハンカチを濡らして、薬を塗る前にまずは傷を洗うようにと手渡す。


「リズ……俺が側に居ないのをいいことに、馬車の中へ声を送っていただろう、あいつに何を言われた?」

「気づいていたのね」


 舌打ちをするラルフ。


「私を迎えに来たって……」


 表情は平静を装っていても、改めて妨害者として現れたレオナルさんのこと、ラルフはどう思っているのかな。


「他には?」

「ラルフを……」

「俺が、どうした?」


 言い淀んだ私の代わりに、クリスチーナさんが代弁してくれた。


「レギオン様がリズだけでなくラルフェルト様をも利用するつもりだと言ってらしたわ。どういう事ですの?」


 それに答えられないのか、ラルフは口ごもる。

 そもそもレギオン先生たちの意図はどこにあるのだろう。どうしてリントヴルムの主の羽化に干渉し続けるのだろう。


「そもそもリズを連れ去って何をさせようというのですか。私が聞かされているのは、リントヴルムの災禍を収めるにはリズが必要だということだけです。現地は未知の領域と化しているために、危険が伴うのは分かります。だからこそリントヴルムへは、騎士団と案内役であるヤタが送り届けねばならないことも……ですがそれを妨害するというのは平穏とは真逆の結果をもたらすだけ、あちら側にとっても利があるとは思えませんのに」


 言葉を選ぶようにして返事を濁したままのラルフに、痺れをきらした様子のクリスチーナさんがまくし立てた。


「お嬢さんの言葉は、何も間違ってはいない。ただ欠けている情報があるんだ。だから簡単に答えられない、だろう?」


 そう応えたのはシュウさんだった。私たちの後方で一心不乱に絵を描いていたはずの彼が、手を止めないままに私たちの会話に加わったのだ。


「だから訊いているのですわ、彼らの目的とその隠していることを!」


 憤慨するクリスチーナさん。

 秘密にしていることって、レオナルさんが言っていたこと?


「村に、何かあったって本当なの?」


 私の問いに、ラルフの眉間に皺が寄る。


「それもレオナルが言ったのか」

「本当のことなのね?!」


 私が詰め寄ると、ラルフは諦めたように告げる。


「黒い霧となって滞留していた魔素が晴れた村の中で、遺体が確認された。だが最初の発見者は、それが村人だとは分からないような姿に変わり果てていた」

「……それは、日にちが経過しているし」


 当然、悲惨な姿になっているだろう。

 それは私だって覚悟している。命を守るために逃げた立場では、言い訳でしかないけれど。けれども続く言葉は、私の予想を外すものだった。


「そうじゃない、村人の遺体が魔石に変わっていたんだ」

「……え? それって……」

「しかも黒の魔石に」


 それは、どういうこと?


「やっぱりそうだったか」


 情報を処理できずにいた私の代わりとばかりに、シュウさんがため息をつく。


「俺の能力を説明したことがあっただろう、魔素を混合したり効果を操作したり、そして魔石を作ることが可能だと……。魔素と魔力を掴まえて、混ぜ合わせることで濃縮されて、黒が生まれると」


 私が頷くと、シュウさんは続けた。


「通常では考えられなかったこの力の存在を知った時、ある一つの仮説が生まれた」


 シュウさんが私に問う。


「リズ、きみはグラナートに伝わるリカーの伝説を聞いたことがあるか?」


 イリーナさんの仕事を請け負った時に聞かされた話だ。確か、鹿の姿をしたアバタールが、血を流して落ちたところに、赤い宝石や魔石となった。それを発掘してグラナートは都市として発展したのだという。

 私が頷くと、シュウさんは続けた。


「あの話と同じように、溢れる魔素を魔石に変えることができれば、被害が出るほどまで溢れる魔素を減らし、そして用途を限られない魔石を手に入れられる。かつてレギオンとディートリントがエリザベートを巻き込んで計画を立てたことがあった」

「壮大な夢物語だ」


 ラルフが横やりを入れる。


「ああ。俺の存在がなければ、机上の空論だったらしい。だが現実だ、俺も、リントヴルムの村人たちも」


 私は震えながら、湧き上がる疑念を声に絞り出す。


「母さん……村の亡くなった人たちが本当に魔石になっていたら、どうするつもりなの?」


 悲劇で亡くなった人たち。葬ることすらできず、惜しむ暇さえなかった。そんな私の家族に等しい人たちを、さらにこれ以上利用される……?

 そう考えるだけで身体の芯が震える。


「ま、待ってくださる……? 亡くなられた方々のことは一旦置いておいても、レギオン様たちがリントヴルムの魔素を魔石化したいのならば、必要とするのはリズではなくて、あなたじゃないのかしらシユウ」


 クリスチーナさんが首を傾げながら言うことは、尤もだ。


「俺にあれほどの規模の魔素を扱う力はないよ。魔石があれば魔法使いの優劣に限らず、人々が恩恵に与れる。それはレギオンの理想ではあるけれど、そのためには多くの犠牲を必要とする」

「犠牲?」


 シュウさんが哀しい顔をする。


「魔石が形成される時には、核となるものが必要なんだ。伝説を思い出してくれ……リカーは何を使って魔石を生み出した?」


 私は回らない思考のなか、必死に思い出す。

 リカーは傷ついて、血を流して……。

 血、身体の一部。そしてリントヴルムの……。

 ハッとして私が視線を上げると、シュウさんは再び私たちの前で取り出した小さな黒石を、握りしめた。


「魔石は魔力の塊。魔素から魔力を紡ぐのは常に生き物なんだ。これの核も、かつて友だったモノの欠片だと言ったろう。そして俺が介在しなくても、魔石化が成った」


 シュウさんの言葉を噛みしめ、震えながら、私は私の大切な人に手を伸ばす。

 だって……だって。私には、レギオン先生がとてつもなく恐ろしいことを考えている気がしてならなかったから。


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