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リントヴルムの魔法紡ぎ  作者: 小津 カヲル
六章 故郷へ

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53 再会と出発

 レギオン先生、ゾルゲ団長とヒルデさん、そしてシュウさん。もしかしたら彼らの過去に、今回の件にかかわる因縁があるのかもしれないと、そんな予感がする。

 けれども私なんかが気軽に問うていいのか分からない。場の空気も重く、ただでさえ明日のことすら分からない不安のなか、また新たな別の緊張の種だった。

 そんなピリッとした空気を破ったのは、さすがというかやっぱりというべきなのがクリスチーナさんで。


「もうっ、今は年寄りの事情なんてリズにはどうでもよくってよ。最優先にやらなくてはならないのは、明日に備えて休むこと、違うかしら?」


 シュウさんが「確かに」と苦笑いを浮かべつつも賛同した。


「聞きたいことがあれば、道中にいくらでも話そう」


 その言葉に私のみならず、ゾルゲ団長が驚いた様子だ。そして団長はシュウさんに詰め寄った。


「まて、シユウも同行するなんて聞いていないぞ」

「ああ、俺もだアロイス。今ここで決めたからな」


 肩に乗せられたゾルゲ団長の手を、シュウさんがそっと外させる。


「途中までだ、心配はいらない。リントヴルムに入るつもりはないが、そこに到るまでに恐らくレギオンと会えるだろう」

「……そうならないよう、護衛をつけるつもりなんだよ」

「レギオンを出し抜けるのか? 風使いにも裏切られたおまえが」

「それは……」


 ゾルゲ団長が渋い表情を見せる。立場こそゾルゲ団長が上だけれど、年齢通り洞察もシュウさんに軍配が上がりそうだった。

 言葉を継げない団長の様子に、シュウさんはクリスチーナさんの方を向く。


「そういうことだから、よろしく頼むよ」

「ええ、よろしくってよ。こんな状況で荷物は通常便よりも少ないですし、一人くらい増えても大丈夫でしょう」


 快諾したクリスチーナさんの手前、団長も肩を落として折れざるを得ないようだった。それを見ていたミロスラフさんがケラケラと笑う。

 そうして予定外のことがあったけれども、私とクリスチーナさんは騎士団の宿舎の一室で簡単な食事、それから早めの仮眠を取ることになった。日が昇りきらないうちに出発をするため、騎士たちは準備にとりかかってくれている。それまでにきっとラルフも合流できるはずだという。

 無事だといいけれど……。ラルフ、それに途中で別れたクヌートさんの安否も気になっている。


「ヤタ、出発までおやすみなさい」


 ベッドの柵に留まり、羽を折りたたんだヤタも、夜は眠そうに目を閉じる。今日は散々ポーチに押し込められたまま連れ回されて、ヤタも疲れたみたい。

 すぐにうとうとし始めるヤタを眺めながら、私とクリスチーナさんもベッドに潜り込む。

 簡素な仮眠室だからか、私だけでなくクリスチーナさんもなかなか寝付けない様子だった。しばらくは互いに寝返りを打ったりしつつ、どちらも言葉を交わすことはなかった。明日からの旅路は、追っ手から逃げつつの逃避行。何が待ち受けているのか分からないという緊張が漂う。


 それでも目を閉じているうちに、いつの間にか寝入っていたらしい。

 身体を揺すられて目を開けると、寝台の側に立つイリーナさんが目に入る。


「ラルフェルト様が戻られました」


 はっとして起き上がるも、窓の外はまだ暗いようだった。隣に眠るクリスチーナさんは、小さく寝息をたてている。

 声を出さないようにして寝台を出て、上着を羽織った。


「ラルフに怪我は……?」

「大丈夫よ、安心して」


 イリーナさんの入室で起きたらしいヤタを連れて、そっと部屋を出た。

 ヤタを肩に乗せながら廊下を足早に歩き、案内されたのは宿舎の一階、外からは見えない造りになっている中庭だった。

 外に出てみると、空は微かに曙色に染まりつつあった。

 中庭には馬車が三台用意されていて、荷物を積み込む騎士たちが忙しそうに行き来していた。その中央に、見覚えのある鮮やかな金色の髪をみつけて、私はたまらず走り出していた。ヤタも羽を広げて、私の頭上を滑るように飛んだ。


「ラルフ!」


 振り返るラルフが、私を見つけて目を細める。

 そして駆け寄る私に向けて広げた両腕の中へ、私は飛び込む。


「ラルフ、無事でよかった」

「リズ……」


 ぎゅっと抱きしめられ、彼の温かい腕と声に泣きそうになる。時間だけでいえば短い別離だったけれど、この混乱の中で標的にされている公爵家の立場を知らされてから、とてもとても長く感じられた。こうして再び無事に会えただけで、様々な人の助けと巡り合わせに感謝しかない。込み上げる感情を懸命に抑えながら、彼を見上げる。


「クヌートさんが私を逃がしてくれたの、彼は無事?」

「大丈夫だ、途中で合流して祖父の護衛に回ってもらった」

「じゃあ先代さまもご無事なのね、良かった……本当に」


 頭上をくるりと旋回したヤタが、ゆっくりとラルフの頭上に降り立つ。


『おまえ、リズを泣かせるな、役立たず』


 開口一番に売り言葉を吐くヤタを、ラルフは腕で払いのける。

 滑り墜ちそうになったヤタは、数度羽ばたき私の肩へと戻ってきた。


「そっちこそ、リズの足を引っ張ってなかっただろうな?」

『不敬! 不埒者!』

「おい、言葉使いに気をつけろ、この馬鹿鳥」


 ついにヤタが、嗄れつつも甲高い鳴き声で抗議する。

 顔を合わせればこうして喧嘩腰の一人と一羽を見ていると、いっそ安堵の気持ちがわき上がるのはおかしな現象。でもこうして無事に再会できたことは、本当に良かった。

 しかしふと気づくと、周囲の騎士たちが私たちを生暖かい目で見ているではないか。

 その視線の先はラルフとヤタというより、未だしっかりと私の背中に回されているラルフの腕で。そうだった、まだ私は抱きしめられていて……。

 真っ赤になりながらも、慌ててラルフの胸を手で押し離す。


「ら、ラルフ……あの、出発が近いなら私も荷物を……支度しないと」


 ラルフは渋々といった様子で私を離すも、すぐにその顔は引き締まり、私に頷いて見せた。


「リズたちの支度ができ次第、すぐに発ちたい……夜が明ける前には城壁を出るのがいいだろう」


 見上げる空は、東の方が僅かに明るくなってきているようだった。正確には夜明けまであと一時間以上はあるらしい。


「分かったわ、クリスチーナさんを起こして支度をしてきます」



 そうして急いで部屋に戻り、クリスチーナさんを起こそうと思ったら、彼女は既に起きて着替えを済ませていた。自分が部屋を出たことで起こしてしまったのだとしたら、悪いことをしたと思って謝ると。


「そんなわけないわ。あなたは気にしなくても良いの、それよりラルフェルト様はご無事に到着されたのね?」

「はい、先代様も無事にお屋敷にお戻りになったそうです」

「……そう、良かったわ」


 いつになく穏やかに微笑むクリスチーナさん。


「さああなたも急いでしたくをなさって、リズ。必要なものは予め積むように言ってあるから、必要最低限にね」

「大丈夫です、私にはこの鞄とポーチがあれば」


 イリーナさんが届けてくれた鞄には、大切な裁縫道具一式。母が遺してくれた刺繍デザイン、それからノートもしっかりと入っている。

 そうして私もすぐに身支度を調え、クリスチーナさんとともに中庭へ戻った。

 リントヴルムに向かう馬車は、あくまでもコンファーロ商会の所有する輸送馬車。そこに私とラルフ、クリスチーナさんと商会の御者が二人。それからシュウさんも加わり、総勢六人だ。

 私たちとは別に騎士団からは五人、私たちの馬車から少し離れた位置で追いかけ、密かに護ってくれることになっている。


「すまない、本当ならばもっと人員を割いて護衛をしたいのだが」


 申し訳なさそうにするのは、ゾルゲ団長だ。


「いいえ、王都が大変な時ですから……こちらにはラルフがいてくれます、ですから私よりもヒルデさんを……マルガレーテの皆さんをどうかよろしくお願いいたします」


 私が頭を下げると、団長とともに見送りに立ってくれているミロスラフさんが笑った。


「リズはこんな時にもリズだな。僕もベリエスも、マルガレーテを護ると誓うよ。だからきみは無理をせず、きみらしく頑張っておいで」

「……はい、ミロスラフさん」


 大きな目を細めて、ミロスラフさんが微笑む。そして彼はシュウさんの方にも向いて言った。


「シユウ、きみも無理はしないようにね。昔から戦闘向きじゃあないんだから」

「分かっている。年甲斐もないことはしないさ」

「ああ……レギオンをよろしくね」


 シュウさんはミロスラフさんからの言葉にしばし黙った後に、しっかりと頷いたのだった。

 そうして夜も明けきらないうちに、私たちを乗せた馬車は密かに騎士団宿舎を出発した。


 使う街道はコンファーロが商品輸送に使うルートになるから、私が王都まで来た道のりとはまた違うらしい。

王都からリントヴルムまでは通常の馬車旅でも一週間はかかる。

 私は王都までの旅が人生で初めての旅だった。けれどもラルフは騎士団の仕事で地方へ赴くことも多く、旅慣れているのだそう。それは意外にもお嬢様であるクリスチーナさんも同じ。各地方の生産地をコンファーロ翁とともに訪れ、次の経営者教育のために勉強をしてきたのだそう。

 夜も明けきらぬうちに馬車は、首都グラナートの北門をくぐった。

 事前にコンファーロ家が門に輸送馬車の通過申請をしていたおかげで、馬車の中まで調べるような検問は受けずに済んだ。どうやらお城の方で混乱が続いているせいで、北の街道は手薄なまま。ここを使う人の姿もほとんどないとのことだった。

 城門を渡る橋の下は、以前水棲のアバタールであるハーディが侵入してきた水路があるはず。馬車の窓から少しだけ外を覗いてみたけれど、まだ薄暗くてその水路は見えない。


「ねえラルフ……ハーディは無事かしら」


 正面に座るラルフに聞いてみた。

 保護した研究所から脱走したというけれど、彼はリントヴルムに帰ろうとしたのだろうか。


「俺に聞くより、そいつが知っているんじゃないのか?」

「……ヤタが? でも」


 私の座席の背もたれに留まったヤタを、振り返る。以前、ヤタも気配を見失ったって言っていたはず。


「ハーディを利用したのはヤタであり、リントヴルムの主。一時は切れていたかもしれないが、騒がなくなったからには繋がりが戻っているのではないのか」


 ラルフの問いに、ヤタは素知らぬ顔をして首を傾げたり、羽の手入れをしている。

 彼は答えたくないことには、こうして鳥そのものの仕草でやり過ごす。そのくせどうでも良いことではラルフの挑発に乗って喧嘩したりする。そんなアンバランスな所を見る度に、姿は鳥でもアバタールなのだと実感してしまう。


「ヤタ、ハーヴェイは無事? 前に繋がりが途切れたって言っていたわよね、あれからどうなったのか知っていたら教えて欲しいの」

『小さな姿で、水路を泳いでいる』


 その言葉に私は安堵する。どうして逃げおおせたのかは分からないけれど、無事ならいい。

 しかしヤタってば、私の質問にはこうして答えてくれることも、相変わらずラルフには冷たい……。向かいで舌打ちをするラルフの反応が見えるだけに、苦笑いをするしかない。


「リントヴルムの山の主の使いか……ヤタという名は誰が名付けた?」

「私です」


 シュウさんが感心したように、ヤタをまじまじと見た。その反応で気分が良くなったのか、ヤタが翼を広げて胸を張る。


『良い名だろう、我の名を呼ぶことを許す』


 上から目線のヤタの口ぶりに、シュウさんが小さく笑った。そして私の方へと視線を移して真剣な面持ちになる。


「やっぱり君も、日本人なんだな」


 その言葉に、私は息をのんだ。

 ニホンジン、という音が何を示すのか分からないラルフとクリスチーナさんは、しばし私とシュウさんを見比べる。

 けれどもラルフだけはすぐに察した様子で、身を乗り出して隣に座る私とシュウさんの間を遮る。

 そんなラルフの行動に、私の隣に座っていたクリスチーナさんが目を丸くして驚いた顔をしていた。


「……すまない、つい同郷人を見つけて嬉しくて」


 シュウさんは手の平を前に掲げて害意がないことを示し、私たちに謝罪を口にする。

 私は目の前に視界を遮るようにあるラルフの腕に手を添えて、大丈夫だからとなだめて椅子に座らせる。


「だがリズ……」


 ラルフがちらりと見るのは、クリスチーナさんの方。だから私は彼に首を横に振ってから、微笑んで見せた。


「クリスチーナさんに知られてもかまわないわ。私の過去が、このリントヴルムで始まった一連の出来事に関わっているのなら、黙っている方がおかしいもの。それに、ラルフが受け入れてくれたから……大丈夫」


 そこまで言うとラルフも理解してくれたようで、小さくため息をつきながらも険しい表情を収めてくれた。


「クリスチーナさん、シュウさんが言った『日本』というのは、私がリーゼロッテとして生まれる前に住んでいた国のことです」

「……生まれる前?」

「君は転生者なのか……」


 クリスチーナさんが驚くのも無理はないけれど、シュウさんまでもが口を開けて私を見ていた。


「シュウさんは、違うのですか?」


 そう問うと、彼は私とラルフ、それからクリスチーナさんをぐるりと見回し、頷いた。


「俺は転移者だ……生まれたのは日本、約十七年ほど前……三十五歳の時にこの世界に飛ばされてきた。名前はシュウ……乃木柊介(のぎしゅうすけ)という」

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