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リントヴルムの魔法紡ぎ  作者: 小津 カヲル
五章 邪魔者は誰

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46 両親の馴れ初めと深い愛

 私が目を覚ましたのは、すっかり日が高くなってからだった。

 天蓋つきの寝台の中、枕に半分埋もれて目を開けると、すぐ目の前には黒い羽の塊がおなじように埋もれていた。


「……ヤタ?」


 私の呼びかけにのっそりと顔を上げ、金色の瞳を見せたヤタは、ひとつ大きなあくびをした。


『リズ、起きたか?』

「……うん。待っててくれたの?」


 ふと、寝台からも見える窓際の鳥かごを見た。

 昨夜はかごに入れておいたはずだけど、私があまりにも起きないから、だれかがヤタを出してくれたのだろうか。


『リズがあんまり寝入っていて呼んでも起きないから、あいつが出してリズを見張っておくよう命令してきた』

「そう、ラルフが。ありがとうヤタ、よく寝てすっきりしたみたい」


 喧嘩ばかりする割には、邪魔者扱いをすることなく、ヤタを傍に置くことを許しているラルフ。かごから出してあげる名目の《《命令》》に、彼らしい優しさが伺える。

 どうやらもう昼に近い時間のようだった。私が慌てて身支度を整えると、それが終わるのを見計らったかのようにメイドさんたちがやってきて、私とヤタをラルフの元まで連れていってくれた。

 自室で待っていたラルフの顔色は、昨日よりもかなり良くなっている。


「よく休めたようでよかった。食事を取りながら、話をしていいか?」

「うん、私はかまわないけど」


 ラルフは再び見慣れた制服に身を包んでいた。これから騎士団として出かけるのだろうか。

 私の視線を受けて、聞かずとも疑問に答えてくれた。


「食事をとったら一度、団長と打ち合わせに出る。二時間ほどで戻る」

「そういえば、レオナルさんたちはもう発ったのかな……」

「早朝に出たはずだ。そんなにレオナルのことが気になるのか?」


 面白くないと言いたげだけど、同じ質問を問い返したいのは私の方だ。レオナルさんには何度もお世話になっているのだから、気にしたっていいじゃないかと。

 けれども食事をテーブルに並べ終えて、私たちが着席するのを待つメイドさんたちの手間、黙って私は席についた。ヤタには止まり木を用意してくれて、彼はそこで待機。

 ラルフもまた私の向かいに座ると、メイドさんたちに退室を促した。


「レオナルさんたち、無事に帰ってきて欲しいな」


 窓の外を眺めながら、遠い故郷を目指す騎士団の人々の安全を祈る。

 調査といえど、リントヴルムに近づくのは危険が多いだろう。魔法使いならなおさら。そんな彼らのためにも、私は私にできることをするしかない。

 相変わらず不機嫌なのかそうでないのか分からない表情で、ラルフは食事を取る。それにつられるように、私も口にする。食べたことのない料理があって、量もたっぷり。やっぱり時刻は昼だったようで、しっかりした味付けのものが多い。寝起きには少々重たいせいか、私が手間取っていると、ラルフはさっさと食べ終わっていた。


「リズ、両親のこと聞きたいか?」


 唐突に、ラルフが切り出してきた。そういえば、先代様からはラルフから聞くようにと言われていたっけ。


「うん、知りたい」

「……分かった。といっても、俺も聞かされたことだから、そのつもりで聞いてくれ」


 頷きながらカトラリーを置くと、食べながらでいいからとラルフに促される。

 けれどもお腹いっぱいだからと言うと、「それだけで?」と驚かれてしまう。私くらいの体格の女性なら、こんなものだと言うと、どうやら基準が騎士団の女性たちだったらしく、妙に納得してしまった。彼女たち、逞しいもの。

 そう言って笑うと、ラルフはヤタの方をちらりと見る。


「彼女たちがヤタに言ったことは、半分正しくて、半分はからかいだ」

「半分?」

「強い魔力を有している者は、持っていない者に無条件に惹かれるという話だ。それがリズの両親の話に、深くかかわっている」


 思ってもみなかった所から、ラルフの話は始まった。


「リズの父親、ベアトは薬術師でありながら、かなり有望な魔法使いでもあった。それは知っているか?」


 私は驚きながら、首を横に振る。


「父さんが魔法を使うところなんて、見たことない」

「そうだろうな。彼は魔法使いでありながら、使うことができなかった。使えば、命を削ることになるから」

「……魔力酔い?」

「幼少時は俺同様、かなり深刻だったと聞いている。だが彼が師事することになった薬術師の助けを借りて、無事に成人することができたらしい。魔力の量はさほどではなかったが、恐らく体との相性が悪かったのだろう。魔法使いとして生計を立てるほどではないが、その魔力によって生活が阻害される。そういうタイプだったようだ」

「……ただ魔力量だけの問題じゃなかったってこと?」

「そういうことらしい。本人もそのあたり相当悩んだらしい。いっそ騎士団に入れるくらいの能力があれば諦めもついたものを、魔法も使わないのに体は蝕まれるばかりとなれば、まあ気持ちは分からなくもない」


 最後の言葉は、ラルフの本当のところなのかもしれない。諦め……彼にとっては逃れられない苦しみ。それは生まれつき病弱だった前世の私にも、共通する想いだ。


「そこでベアトに残された生き方となると、やはり薬術師の元で己の治療方法を学ぶことだった。一応、次男であっても伯爵家。魔力があることをまだ今よりは尊ばれた時代だったようで、かなり反対されたと聞く」

「……先代様もそう言ってたわ。だから勘当されたって。今は、違うの?」

「そうだな、魔力酔いのために成長を阻害される貴族家系の子供が多くなったのが、魔法使いの血が濃くなりすぎた副作用だと分かって以来、魔法使い同士の強引な婚姻が減っている。同時に、魔法使いとなるよう過度な期待も忌避されてきている。まあ、なかにはレナーテのように自らそこに存在価値を求める者もいるが……」


 優秀な魔法使いとして騎士団に入隊できなかったことで、違法な刺青に手を出してしまい、あわや命を落とす危機になった。彼女もまた、周囲の期待があったのだろうか。


「でも、強引に婚姻ってのが、過去にはたくさんあったのね」

「貴族の間でのことだ。そうでなくとも家同士の結びつきを考えてのことは、今でもある。だが一定の魔法使いのなかには、魔法使い同士での婚姻を忌避する者がいる。これは、本能的な部分からの衝動で……」


 ラルフは言葉を選んでいるのか、考え込むような様子でしばし口を閉じる。


「リズを思う気持ちが、本能だけに突き動かされているとは認めたくない。だが恐らく、リズが魔力を有していないことが、俺がリズに惹かれる一因であることは否めない」


 私が、魔法を使えないことが、ラルフにとって魅力的に映る……?

 驚いていると、ラルフはさらに真剣な面持ちで続けた。


「だが数ある一因でしかない、リズの母親にベアトが惹かれたのも同じだ。彼女にはリズと同じように、まるで魔力がなかった。だがそれで結ばれようと、リズの両親は不幸せだった訳ではないはずだ。だから」


 言い募るラルフの様子に、彼の不安がどこにあるのか察した。

 だから私は向かいに座る彼に手を伸ばし、テーブル越しに握った。


「疑ってなんていないよ、ラルフの気持ち。あと覚えていてくれたこと、グラナートに来てから良くしてくれたことも、全部含めて」

「……リズ」


 私の言葉が信じられないのか、それとも彼の意思を汲むのが早かったのを驚いたのか、ラルフは真意を確かめるかのように私をじっと見返す。


「あのね、これは前世の……違う世界でのことなんだけどね。女性は、自分に合った相手を匂いで見分けているって聞いたわ。より優秀な遺伝子《子ども》を残すための本能なんだって。だから父親や兄弟の匂いなんかを、年頃の娘さんは嫌いになるそうよ。面白いわよね、私の世界では父親はあまり権威的ではなくて、母親と同じように子供に懐かれて、愛される存在なのよ。なのに年頃の娘には嫌われちゃいがちなの。同じたらいで洗濯しないで! なんてね、ふふふ」


 ラルフは、いったい何の話をし始めたのだと言いたげに、きょとんとしている。それが少しだけ面白くもあり、つい笑てしまった。


「だからね、そんな話もあるくらいだから私は平気よ。そう言いたかったの」


 それで納得してもらえたかと思えば、ラルフは自分の方口に鼻を寄せて、匂いを嗅いでいる。


「リズは俺の匂いは嫌いではないか?」

「いやいや、ものの例えであって、今私がラルフの匂いがどうかという問題じゃないんだってば」


 と言えば、どこかシュンとした様子に慌てて


「べ、別に嫌いだなんて思ったことないから!」

「そうか、良かった」


 なんて、ラルフにしては珍しく素直に言うから、こちらが思わず赤面してしまう。

 というか、両親の馴れ初めの話を差し置いて、なにをしているの私たち。

 私は彼から手を引いて、椅子に座り直す。


「母さんも、グラナートにいて、父さんと出会ったってことなのね」

「ああ、薬術師の出入りしていた孤児院で、育ったらしい」

「孤児院……寺院の経営する?」

「ああ、そうだ。母親しかいなかったようだが、幼い頃に亡くして、頼る身内もいないために寺院に預けられたらしい。だがそこでは、かなり苦労したようだ、元々魔素のないリントヴルムとは違い、ここグラナートで育ったにも関わらず魔法が使えないのでは、雑用もままならない。立場も弱く、それを見かねた薬師が、成人し独立する年になったときに引き取ったそうだ」

「そうして、父さんと出会った……?」


 ラルフが頷いた。

 雑用もままならないというのは、今の私なら理解できることだ。リントヴルムに居た頃は、魔法を使う必要なんてなかった。村人の誰もが、日常で魔法を使うことはなかったし、魔法は道具ですべて代用できた。だがグラナートでは、竈に火を起こすくらいでは、ほとんどの人は道具など使わない。とはいえ火起こし用の魔石は、魔力が少ないまたは水属性など相性が悪い人のために、どこでも置いている。けれども私のようにまったく魔法を使わずに、打ち合わせて火花を飛ばすことなどしないのだ。あくまでも火を発する魔法の補助として握るくらい。だからエンデの炊き出し準備中に、魔石を打ち合わせたことでレギオンさんにグラナートの出身ではないと見破られた。一般人なら不思議がられる程度で済んだかもしれないけれど、レギオンさんは高位の魔法使い。疑問に思われても、仕方のないことだろう。

 だが、母さんは村ではそんな苦労なんてしていなかった。魔法が使えないと蔑まれることなんてないし、むしろ裁縫の腕で生計を助け、それをいつだって褒められていたし自信をもっていた。

 母さんはリントヴルムで、父さんの元で幸せだった。


「リズの魔法紡ぎの能力は、母親譲りなのだろう。元々、魔法紡ぎは、どうしてか魔力が少ない者が多い。薬術師の元で得意の裁縫をしていて、その素質に気づいたようだ。当時はまだ、魔法紡ぎについてよく知られていなかったし、ようやく護符の体系も整理されはじめた頃だったはずだ。そして二人が出会ってから数年後に、独立することになったベアトが、勘当されエフェウスの名を名乗るのと同時に、結婚したと聞いている」

「リントヴルムに住むことになったのは、どうして?」

「それは、ベアトの魔力酔いが再発したからだ。成年後に再発した場合、悪化することが多い。転地療養も兼ねて、リントヴルムに移り住んだ。確か、師匠の薬術師が、旅で立ち寄ったらしく、その魔素のない土地と魔力酔いの治療や薬についての研究を引き継いだようだ。そこでリズが生まれ、俺は祖父つながりでベアトを頼り、その研究の恩恵に与ったわけだ」


 ひとしきり話終えて、ラルフは私に質問はあるかと尋ねた。


「父さんとは、ずっとラルフや先代様と連絡を交わしていたの?」


 そうでなければ、急にラルフに手紙を渡す口実で、私をグラナートに向かわせるのは無理がある。それとも、父方の祖父を頼れと暗に言いたかったのだろうか。


「ああ、ときおり薬を送ってくれていた。俺は完治せずに成人したから、相当に心配されていたようだからな。まあ、娘の仕出かしたことを詫びて、かもしれないが」

「……!! ご、ごめんなさい、私」


 リントヴルムで唯一、魔素の湧き出る沼に、ラルフを落水させてしまった出来事のことだ。あれは私も、何度後悔したことか。


「冗談だ、今更謝ることはない。そうだな、あれらの手紙は、どちらかというと牽制、だったのかもしれないな」

「牽制……?」

「俺のリズへの執着は、自分を顧みるかのようだったろう。魔力酔いを起こすようなベアトにとって、魔力のない相手ライサは魅力的だからな。手紙には祖父への近況報告の他に、娘のリズが村の子供たちとよく馴染んで、のびのびと暮らしていることもよく書かれてあった。俺にはそれは、おまえを決して軽々しくリントヴルムから出さない、そう言っているかのように俺には聞こえたよ」


 ラルフは苦笑いを浮かべながら、今度は彼が私の手を掴む。私と違って軽々とテーブルを越えてくるのは、腕の長さが違うから。

 そうして私を見るラルフの顔が、真剣なものへと引き締まった。


「それが最後の手紙には、俺にリズを頼むとあった。一人にしてしまった娘を、ただただ心配する言葉が並んでいた。あまりの出来事に遭遇したせいで、どこか虚ろになったしまったリズを、心配していた」


 私はハッとする。

 父さんたちの看病をしていても、時折、洪水のように前世の記憶が巡ってくるのをいいことに、現実から逃れるかのように、昔の人格の波に飲まれていた。それを父さんは、気づいて……


「最後にこうあった。『リズの望む生き方ができるよう、助けてやってくれ』と」


 私はどうにも溢れて止まらない涙を隠すように、ラルフにすがりつく。

 ラルフはそんな私を、しばらくただ黙って抱きしめてくれたのだった。

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