郡山先生と鈴木さん
鈴木家の “光の間” での郡山義也の家庭教師のアルバイトがはじまって、一ヶ月。家庭教師開始が7月中旬だったため、始まってすぐに夏休みに入り、夏休みは集中的に週5日で義也に家庭教師をしてもらい、薫子は “看護師になりたい” という夢を叶える為に、苦手な理数系の強化に努めていた。
「ねえ、ヨッシー! ここ、なぜ “-3” になるのかしら?
それに二次関数とか、本当に苦手!
この問題まず文章が変よ! 意味がわからないわ!」
と、薫子はこんな風に毎回、何回も高飛車に、お手上げコールを義也に出している。
「お嬢様!
授業中は ”郡山先生”、もしくは ”先生” とお呼び下さいませ!」
と、二人の見張り役のいつも忠実な初老の穏やかな執事が、すかさず薫子に注意をした。
「はい……ごめんなさい。郡山先生、教えてください。
ここの問題、全然わかりません」
と、薫子は素直に言いなおした。
「でも昨日勉強した問題は、今日は全部きちんと解けてるじゃないか!
いい調子だよ。すごくがんばってるね。カオルン!」
と、義也が薫子の努力を誉めた。
「郡山様!
授業中は ”鈴木さん”、もしくは ”お嬢様” とお呼び下さいませ!」
と、執事が義也にも注意した。
「あっ、すみません……気をつけます。
じゃあ、鈴木さん。そのわからない問題について説明するよ……」
と、義也が反省しながら言った。
こんな風に、執事が忠実に二人を見張ってくれているため、薫子の勉強はとてもはかどっていた。それに、義也も家庭教師は初めてのわりに、わかりやすい説明と、誉めて伸ばすという上手な教え方で、薫子の数学の実力は確実に上がってきていた。
一方、義也と薫子の関係は、薫子の父や理事長先生にも公認の恋人関係になったわけだが、早朝5分の逢瀬は続いているものの、あとは家庭教師の時間に会うだけといった感じで、まだ二人だけで外でデートをしたこともない状態だった。
そんな初々しくて真面目なお付き合いをしている二人を、夏休みに入ってから毎日のように間近で見ていた執事は、”二人に何かご褒美的な事をしてあげたい” と考えていた。
「郡山様。今日の授業が終わった後、お話ししたい事がございます。
少しお時間よろしいでしょうか?
よろしければ、門を出た所でお待ちしていますので。
あと、この事はくれぐれもお嬢様には内密にお願い致します」
と、執事が薫子に聞こえないように小声で義也に聞いた。
「はい、わかりました。大丈夫です」
と、義也も執事に合わせて小声で答えてから、“何の話だろう?” と少し緊張した気持ちになっていた。
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「郡山様、お忙しい所大変申し訳ありません」
と、門を出た所で待っていた執事が、義也に丁寧にお辞儀をしながら言った。
「い、いいえ! そんな……とんでもありません。
こちらこそ、いつも本当にありがとうございます。
それで、え~っと、今日は何の話でしょうか?」
と、義也が緊張して少しあたふたしながら聞いた。
「話というのは、他でもないお嬢様のお誕生日についてなのでございますが、お二人で何か御計画がございますか?」
と、執事がさっそく本題に入った。
「えっ? 鈴木さんの誕生日っていつですか?
そういう事全然聞いてないです」
と、義也が驚いて聞き返した。
「やはり。そうではないかと思い、今日はこうして私が出しゃばった真似をさせて頂きました。
お嬢様のお誕生日は、8月27日でございます。
あと、もう授業中ではありませんので、お嬢様の呼び方はいつもの “カオルン” でよろしいかと思います」
と、執事が落ち着いて答えた。
「エェーーー!!!
その日はカオルンが ”どうしてもその日が都合いいから” って、僕の家に初めて遊びに来る予定になっている日です!」
と、義也が驚いて言った。
「そうでしたか……お嬢様にとっては、郡山様と過ごせる事が18歳になる自分への最高の誕生日プレゼントだとお考えになられたのでしょうね。
そして、郡山様とご家族に気を使わせては悪いと考えて、あえて誕生日である事を隠しておくつもりだったのでしょう」
と、執事が納得したように言った。
「でも……僕だってカオルンの18歳の誕生日を祝ってあげたいですよ。
気を使わせるって……
一応恋人なのに、そんな大事な事を隠すなんてどうしてだろう?」
と、義也が不思議に思って言った。
「郡山様、なにとぞこの事でお嬢様をお責めになりませんように。
なにせ今までのお嬢様のお誕生会は、御親族や御友人だけでなく、経済界や政界、芸能界などの各方面から、古くからご縁のある方々や著名な方々をお招きして盛大に行われておりました。もちろんお父上であられる御主人様もどのようなご用件があろうとも、お嬢様のお誕生日だけは必ず日本に帰国されてお祝いされていたのです。
1年に一度、鈴木家の大広間で、まるで中世のヨーロッパで開かれていた舞踏会のように、それはもう毎年皆様豪華絢爛に着飾って……
それにご来場者様には、美味しい一流料理と華やかな出会いが待ち受けている、そんな誕生会だったのです。お嬢様へのプレゼントは、それこそ本当に山のような量で中身も高級な品ばかり。
そのような誕生日を幼少の頃より過ごされてきたため、誕生日だと郡山様に申し上げにくかったのではないかと思うのです……」
と、執事が切実に義也に訴えた。
「そんな誕生日を過ごしている人がいるなんて……
あんまり驚いて信じられないくらいです。
で、今年はその舞踏会並みの誕生会を中止して、カオルンは僕の家に来るという事ですかぁ……
やっぱり、僕達はあまりにも住む世界が違いすぎますね……
あぁ~、僕はいったいどうしたらいいんでしょう?」
と、義也が今までの薫子の誕生日の話を聞いて、両手で頭を抱えながら困って執事に聞いた。
「大丈夫でございます! 私もお嬢様には今年は今までにない最高のお誕生日をお過ごしになって頂きたいと考えております。そのために、是非とも郡山様にお伝えしたい事があって、今日こうしてわざわざお時間を取って頂きました」
と、執事が義也の肩にポンと優しく手を当てて、笑顔で言った。
それから執事は、薫子の自宅での近況と、どのようなプレゼントが喜んでもらえそうかなどの情報を義也に話した。
そして、この事は当然、薫子には秘密にしておく事となった。
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義也は自宅に帰り、ひとりになって考えた。
“こんな築40年の大雨の日には少し雨漏りがする賃貸アパートで、カオルンの誕生日に何ができるだろう? カオルンの僕への愛は本物だ。
お金では買えない大切なものが僕達二人の間には、確実に芽生えているのを感じる。だけど、本当に執事の方が教えてくれた事で、カオルンは喜んでくれるだろうか? 神様、助けてください!”
その時、義也に神様から聖書の言葉が力強く示された。
『大水もその愛を消す事ができません。洪水も押し流すことができません。もし、人が愛を得ようとして、自分の財産をことごとく与えても、ただのさげすみしか得られません』
※本文中の『』内の言葉は、新改訳聖書の雅歌8章7節より引用しました。




