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三ヶ月目の勇者

作者: ミツキ

勇者が魔王討伐の旅に出てから三ヶ月目の朝。


王様の寝室に、魔王が現れた。


「ひぃぃぃ!」

「我は東の魔王である」

「ひぃぃぃぃ!」

「我は魔王としてだな」

「っ、ひぃぃぃぃ!」

「息継ぎしてんじゃねぇぞ余裕じゃないかこの野郎」



ーーー王国ライサナ。

遥か彼方より勇者一族を生み出した「オルスの血」の末裔が現在の王、

カナラクル・デルトラ・フィリス3世である。

大陸から離れた南東の海に位置した島国。

大陸にはない独自に進化した自然は、王都を始めとする発展した都市にいまなお共存し、

熱帯性気候による安定した暖かい土地は大陸にはない作物の育成に優れている。


また、

王族が主となり運営する、公共施設等は国民に広く利用され、指示されて……。



「とまあ、あんたが俺の国に討伐宣言かましてくれ時に、真っ先に手に入れた書類がこれだよ」


魔王は丸めた書類で王の頬を叩いていた。


場所は大広間。

魔王の魔法により、強制転移された大臣達は麻痺をかけられて、言葉を発すること出来ずに立ちつくしていた。

麻痺魔法が無くとも、彼らは声を出せなかった。



これぞ、王である。


鉄の塊を叩いて型をとったかのような頑強な身体。

成人男性の太ももほどもある鍛えた首と、引き締まった顎。

彫り深く涼やかな眉尻の下には

ぎょろりと光る大きな眼。


姿も形も、鍛えあげられた武人そのものであるにもかかわらず、

目線ひとつ、指先ひとつの仕草すべてが優雅で、気品に満ち溢れていた。


これぞ、王者の風格ではないか。


ひれ伏し、頭を垂れるべき

高貴かつ圧倒的存在から、大臣達は目が離せなかった。


下着一枚の、白くぶよぶよとした体を縄で縛られ、

猿轡でむーむー唸っている

自分達の王様から全力で目をそらしたからではない。


魔王は、白い肉の椅子に優雅に腰かけてから、

思いのほか気さくな声で切り出した。


「まず驚いたね。知らないから。

記憶にかすりもしないから、首傾げながら部下に聞いちゃったよ。

どこの国?どこにあんの?

ケルベロスの頭も傾げちゃったね。

みっつ揃って「知りませぬなぁ」だって。可愛いかったさ。

まぁ、そりゃそうだよ。南東の離れ小島だし。

んで、その可愛い部下が神聖国まで出かけてこの観光案内文を探し出してくれたくれたんだけどさぁ」


魔王は書状を開くと、詠唱も無しに書状を空に浮かべ、拡大魔法をかけて大広間の天井近くに固定した。


「まずここだ。『遥か彼方より勇者の一族を産み出した』

ここね。

遥か彼方の昔より、ならわかるよ。

遥か昔も、許容範囲だ。

なにこれ誤植かなと流しかけたんだけど、「オルスの血」がわからない。

誰だよオルス。調べたらザイル国出身勇者の親戚にいたけど。

勇者の父親の妹。が、嫁いだ先の小姑。おいこりゃ他人だろう」


びくっと魔王の椅子、もといこの国の王が肩を震わせる。


秘中の秘、言わないお約束。

子どものうちに知りたくなかった大人の事情ナンバーワン。


「次はなんだ?大陸にない自然と、作物の下りか?この一覧な。

あるよ。余裕であるよ。

たとえ海を隔ててようが下調べしろよ。

そもそも輸入した作物ばっかじゃねぇか。あと縮尺な!地図のな!

ざっくりしすぎなんだよ、ここも、ここも。事実を踏まえろよ、根拠の無いはったりどころか、

お前らの希望を他国向けの観光案内に書くんじゃありません!」


空に浮いた文面に、訂正線が引かれ

赤く輝く見事な筆跡で正確な情報が書き記された。


王は、たとえ猿轡をされていようとも、

ここで誤りを認め、謝罪をするべきだった。

何故、魔王が寝室に現れたのか。

何故、それだけの情報を持っているのか。


今ならば、心を込めて話をすれば、

魔王は添削だけで満足をして帰り

ケルベロスと戯れることにしただろう。


今ならば、国の平和は保たれた。

はずだった。


「お父さまに何をしているのです!」


甲高い悲鳴に、驚いた王の猿轡が緩んだ。緩んでしまった。


「ひ、姫!近衛兵を呼べ!魔術師達もじゃ!殺せ!こやつを殺せぇ!」


裏返った、醜い声が無言を強いられた者達へ発っせられた。


「………ほぅ」


「な、何をしているのですかお前達!早く王をお救いするのです!早く、早く!」


「…ひ、姫?」


この国の王は、縄で縛られ猿轡をはめられて、寝室から転移させられ。


魔王の椅子という屈辱に血が煮えたぎる思いをしており、視界が悪くとも、

場所が大広間であったことは

気づけたはずだった。

声は発っせずとも、転移させられた者の多勢の気配に。その中の、騎士も魔術師達も既に無力化されていることに、気づくべきだった。だが、

全ては遅すぎたのだ。


「……王よ、俺はここに至るまで

魔王討伐宣言は、誤情報だろうと思ってたわけだ」


魔王は立ち上がらない。

大広間に転移した、大臣達はもとより、騎士、魔術師達も小指ひとつ動かせない。


「…何しろ、久しぶりの宣戦布告だからな。どれだけの軍勢で攻めてくるのかと、すぐさま駒を放って三ヶ月。

拾った情報はこのバカげた観光案内とまったく異なる事実ばかりなわけだ。

…これは、宣戦布告ではなかったのかもしれないと、

魔王自らお伺いに来てやったのだ、が」


魔王はゆっくりと立ち上がり、

大広間に、城中に、その声を響かせる。


「魔王オーギュは、カナラクル・デルトラ・フィリス3世の宣戦布告をここに受けて立つ!

……何百万の軍勢でもいいぜ、攻めて来い。ひとり残らず塵にしてやるよ」


閃光とともに魔王は、消えた。


残されたのは、麻痺を解かれたこの国の主要な者達。全員が腰を抜かし、直前の出来事に圧倒され、

身体の奥底、骨の芯から恐怖に震えてしまっている。

無理もない。四つん這いで床を舐めていた王とは違い、彼らは瞬きもせずに全てをその目にしていたのだから。


「さ、宰相!宰相はどこだ!紐を解け!奴を追え!私を助けろ!助けろぉぉぉ!」


彼らは、動けなかった。



一方、その頃の勇者。


「おーい、新入り。飯食ったか?」

「先輩!俺まだっす!」

「お前で最後だからな。鍋と皿洗っとけよ。そのかわり残り全部食っていいからな」

「あざっす!」

「しっかり食えよ」

「ざっす!」



一日の仕事を終えたマルコは

肩を揉みつつ、外の空気を吸うために事務所の窓を開けた。


商店の並ぶこの一画は、陽が落ちると一斉に店を閉め、やがて各家庭から炊事のけむりがあがる。

マルコは、窓に届く匂いを頼りに

どんな食材がどんな風に調理されているか、想像を巡らすこの時間が好きだった。


(…しかし、どの家も毎回同じもん食って飽きないのかな)

塩漬け野菜と、茹でたマメ、塩焼きの魚。

(干物も種類が少ないし、甘味は無いのか甘味は)

国として貧しくはないが、食よりも酒を優先する国民性らしい。


「おーい、いるかマルコ」

「なんだよポルコ」

「ポル・クィリナスだ。俺の名前をお前とコンビにするんじゃねぇよ」


行商仲間のポルは、マルコが数ヶ月待ち望んだ朗報を肩を揉みつつ手渡した。

「最終点検終わったってさ。ようやくこのしみったれた国から脱出だ」

「やっとか!」

「あぁ。明日はここいらの店の食材買い占めてこい」


待ちに待った朗報に、男達は事務所で杯を交わした。

この国は、目的地ではなかったが、海が荒れて航程を変更せざるを得ずに立ち寄った港である。

船の修復まで、荷を腐らせるぐらいならと行商を初めたが、


「…それにしてもこの国は、普通だったな」

「…普通だったな。俺、陸に戻ったら保存食を極めるわ」

「俺は香辛料にする。で、あのチビは連れて行くのか」


チビと言われても。ほとんどの仲間はマルコより小柄である。


「あぁそうだな。お前が拾った元孤児で現在食いしん坊集団だらけだな。この国で拾ったのがいたろう」

「3人いるな」

「イカダで川下りをして砂浜に打ち上げられていた奴だ」

「ユーシェだな」

「…あいつ、変なこと言ってたろう。大陸に連れてってくれって、」

「『魔王と一発やって来い!って言われたっす!』」

「大丈夫なのか、色々と」


大丈夫だろう。この国の言葉は大陸の公用語と違う単語がある。

聞き間違いだろうとマルコはのんびりと考えいた。


「あいつは大食いの割には繊細な舌を持ってるからな。ゆくゆくは甘味を極めさせたい」

「人物評価を食に対する姿勢限定にするのはやめてくれ。

ただでさえ行商仲間に『奴らが通った跡は草木すら残さず食い尽くす』って言われてんだぞ」

「食える根もあるのを知らんとは、まだまだ」


仲間であり、親友でもあるポルは、

心優しいマルコを尊敬している。


孤児あがりの若手が、酒や女に

走らずに済んでいるのはマルコのおかげだと思うが、

別の方向に駆け出しているように見えるのは、眼の疲れだろうか。



「先輩〜!皿洗い終わったっす!」


階下の食堂から、元気いっぱいの声が響く。


ユーシェは時々、よくわからない単語を話すが、素直でいい子には違いない。

ポルは、ニヤニヤと笑う友へ声をかけた。


「行ってやれよ、ありゃまだ食い足りないって声だぜ」

「そうだな」




「ユーシェ、ケンジ、まだ腹に空きがあるなら着いて来い!夜食を狩りに行くぞ!」


きゃぁきゃぁとはしゃぐ変声期前の少年達の声に混ざって、

少年期をとっくに過ぎた野郎どもの雄叫び。



やれやれ。平和だねまったく。


にぎやかな仲間達の笑い声を肴に

杯を傾けながら、

ポルは明日のスープに思いを巡らすひとときを楽しんだ。



勇者が魔王討伐の旅に出てから

三ヶ月目の、夜。


魔王城に一通の手紙が届いた。


_______________


件名/勇者(と呼ばれている少年)について


勇者の現在位置=国内漁港。


勇者の現在状況=

・大陸人らしき旅行者と集団生活。

・日中のほとんどは厨房か、近所への買い出しのみ。

・戦闘訓練の兆候は見られず。


備考=

・個人的見解ではあるが、

「王に選ばし勇者は未成年である」との説はやはり無理がある。

我らが魔王軍に対しての陳腐な策略に過ぎないと判断する。


・ただし、本日は夕食後に郊外で野営をする様子なので、先回りして、観察を続ける。


以上。


報告者/ミノタウロス






・・・・・おしまい・・・・・


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