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秋風

作者: 霧野ミコト

遅くなりましたが、お願いされていた者をようやくアップです。

お待たせしました。

もし、依頼があれば、そちらを優先的にアップしていこうと思います。

いつからだろう。


泣けなくなってしまったのは。


どんなに悲しくても、泣けなくなってしまったのは。


いつからだろう。


笑えなくなってしまったのは。


どんなに楽しくても、心の底から笑えなくなったのは。


いつからだろう。


優しくできなくなってしまったのは。


他人を傷つける事しか出来なくなったのは。


いったい、いつからなんだろう。


僕には、分からない。


誰か、教えてくれないか?


そうすれば、きっと原因も分かる。


そして、原因も分かれば、きっと変われる。


泣く事だって出来るし、笑う事だってできる。


もちろん、優しくする事だって出来る。


だから、誰か、教えてくれないか?


頼むから、教えてくれないか?







昼の暖かな陽気を身体一杯に受けて、僕は寝転がっていた。


季節は秋。


風はもう肌寒く、長い間浴びていれば風邪だって引いてしまうだろう。


そんな中、僕は、屋上で寝転がっていた。


理由は別にない。


ただ、一人でいたい。


そう思ったから。


友達となんだかんだ言って騒ぐのもいいけど、今日はなんだかそんな気分じゃない。


まぁ、そんな事言って、ここ最近ずっと、こうしてここに来ているが。


どうしてか、ここに来たくなる。


というか、一人になりたくなる。


だから、気がついたらここに来ている。


僕は、起き上がると、フェンスに寄り、下を覗く。


ちょうどそこは中庭で、いくつかのグループが、楽しそうに笑いながら、話している。


それがとても羨ましく思える。


今の僕には、それができない。


笑おうと思えば笑える。


だけど、心の底から笑えない。


何かがそれを邪魔する。


僕の心を押しとどめるかのように、邪魔をする。


だから、気がついたら、無理をしないと笑えない。


本当は、心の底から笑いたいのに、笑えない。


そんな日が続いている。


もしかすると、それが嫌で、僕はここに来たのかもしれない。


ここに逃げてきたのかもしれない。


視線を上へと上げ、そのまま空を眺める。


空は綺麗に晴れている。


雲ひとつない、まさしく『天高く馬肥ゆる秋』と言った感じだろう。


だけど、だからこそ、なんだか切ない。


胸がちくりと痛む。


秋は人を憂鬱にさせると言う。


それは、きっと本当なのだろう。


今の僕の心がその証だ。


そのままフェンスにもたれかかるようにして、その場に座る。


秋のやや肌寒い風が吹き抜ける。


そのせいか、身体が冷えてきた。


いい加減、ここに居すぎなのかもしれない。


もうそろそろ暖を取りに行かないと、風邪を引くかもしれない。


だけど、そんな考えとは裏腹に全く身体は動こうとしない。


なんだか、扉がものすごく遠く感じる。


まるで、僕だけ一人、異世界に飛ばされたように感じる。


現世から完全に切り離された世界。


それを考えると、余計に切なくなった。


例え、僕がいなくても、この世界は何一つ不自由なく動いていく。


今、僕がここに一人でいるのに、誰も困らないように。


たった一つの存在。


だけど、結局、それでも、そんなものの代替品はいくらでもある。


だから、たった一つの存在の僕。


だけど、そんな僕の代わりなんていくらでも居る。


それがとても寂しかった。


そう、僕の代わりなんていくらでもいる。


僕は決して特別なんかじゃない。


不意に予鈴が聞こえた。


どうやら、お昼休みは、終わってしまったみたいだ。


そっと立ち上がると、埃を落とす。


とは言っても、汚れが全部落ちるわけもなく、適当に済ませると、そのまま、扉に手をかける。


いや、かけようとした。


だけど、僕が手をかける前に、扉は開いた。


そして、その開いた扉の先には一人の少女がいた。


ここまで、走ってきたのだろう。


髪のセットはくずれてしまっている。


だけど、それでも、彼女の美貌は何一つとして損なわれていない。


そんなもので、損なわれてしまうようなまがい物ではないのだ。


「この手紙は何?」


そして、彼女は、僕にそう言うと、封筒を突き付けた。


彼女が手紙と言っているから、手紙なんだろう。


まぁ、それがなくても、最初から分かっているけど。


だって、その手紙を書いたのは僕だから。


だから、中身だって、分かっている。


「何と言われても。そこに書かれているのが、上坂さんへのお願いだよ」


その手紙を受け取ると、彼女にそう答える。


この手紙には、彼女へのお願いを書いた。


このままじゃ、耐えられないと思ったから。


だから、僕は彼女にお願いした。


「……冗談じゃないわよ。あんた、そんな事、頷けるわけがないでしょう!!」


けれど、それが気に食わなかったのか、額に青筋を浮かべると、そう怒鳴りつけ、僕の胸倉を掴む。


こんなときに、呑気だと思われるかもしれないけど、女の子がする事じゃないと思う。


まぁ、それは、以前から思っていた事だけど。


「なんで、別れないといけないのよ!!」


だけど、そんな呑気な僕を、置き捨てるように、彼女はヒートアップしていく。


たぶん、もう周りの事を考えたりする余裕がないんだろう。


まぁ、だからと言って、考えなくちゃいけない、周りの人間なんていないけど。


ここは、僕達しかいないわけだし。


「だいたい、あんた何勝手に携帯のアドレス変えてるのよ!!こっちが、問い詰めようにも、全然連絡つながらなくて、困るでしょ!!ていうか、他人行儀に苗字で呼ばないで!!」


そして、ヒートアップして言った彼女は、最後にそう言うと、僕の事をきっと睨みつける。


その目が


『さっさと答えなさい』


そう言っているのが手に取るように分かる。


さすがは、元恋人だ。


まぁ、今のところ、彼女にその意思がないから、それも妖しいところだけど。


それにしても、困った。


まさか、その意思がないと思わなかった。


きっと、彼女は、二つ返事で頷いてくれると思った。


だから、この手紙を出して、わざわざ携帯のアドレスだって変えたのだ。


こんな展開、予想していない。


こんな事になるなら、しっかりと後の事も考えておけば良かった。


ため息を吐きつつ、言い訳を考える。


とはいえ、言い訳と言っても、別に僕が悪いわけじゃない。


彼女の気持ちを代弁するつもりで、手紙をかいたわけだし。


「もう上坂さんには、必要ないかな、て思って」


結局、素直に言うしかない。


まぁ、適当に他に言っても、良かったのかもしれないが、それはそれで、なんか僕が悪いみたいで嫌だ。


僕は、何一つとして、悪い事はしたつもりはない。


そう、何一つとして。


「どういう意味よ」


だけど、その言葉が、火に油を注いでしまったみたいで、余計に睨まれる。


たぶん、また苗字で呼んだ事も含まれているのかもしれない。


とはいえ、言わせてもらえば、僕がなんで睨まれなくてはいけないのだろうか。


原因を作ったのは、僕ではなく、彼女なんだから。


「先週の日曜日、上坂さんを見たんだ。朽木先輩と一緒にいるのをね」


そして、その原因を言う。


途端に、彼女の顔色が変わった。


さっきまで、怒りで真っ赤だった顔が、一瞬にして青ざめる。


身に覚えがあるんだろう。


まぁ、ちゃんと確認したのだから、間違いがあるわけがない。


だって、僕は、彼女のすぐ傍にいたんだから。


ほとんど数メートル傍にいた。


だけど、彼女は僕に気がつかなかった。


すぐ傍に居る朽木先輩の事で頭が一杯だった。


だから


「あの時の上坂さんは、朽木先輩の腕を抱いて、本当に楽しそうで、幸せそうだった。それこそ、今まで見た中で一番の笑顔だった。だから、もういらないだって。お別れしないといけないんだって」


僕は、そう思ったんだ。


もう、僕はいらない。


彼女には必要ないんだって。


だから、僕は身を引く事にした。


それが一番だから。


僕は彼女が好きだ。


だから、彼女の一番の笑顔は、僕の傍に居るときであってほしいと願う。


それはきっと物凄くわがままだと思う。


だけど、それでも、僕はそう望まずにはいられない。


そして、それができないのなら、一緒に居られない。


僕が居る事で、彼女の笑顔の邪魔する事になるから。


僕が邪魔で、朽木先輩と一緒にいられなくなるから。


だから、お別れなんだ。


物凄く寂しいけど、それでもお別れなんだ。


彼女を見る。


いまだに、真っ青の顔をしている。


それは、僕のせいなんだろう。


僕が、彼女と付き合ったりしたから、こんな事になったのだろう。


最初から、朽木先輩と付き合っていれば、こんな事にならなかった。


告白したのは、彼女だけど、それでも、その時に、断っていれば、こんな事にならなかった。


好きな人を傷つける事なんてなかったのに。


「だから、もう終わりにしよう?上坂さんは、朽木先輩のところへ行けばいい。それがあるべき姿なんだだよ」


そして、僕は、最後にそういう。


できるだけ、優しくいったつもり。


だけど、きっと、優しい言葉なんかじゃない。


皮肉交じりの言葉だ、これは。


そんな自分が情けなく思える。


いつになったら、変われるのだろうか。


変われる事を願って、彼女の告白を受けた。


だけど、それでも、僕は変われなかった。


人を愛せば、きっと普通に泣いたり、笑ったり、優しく出来たりすると思ったから。


だから、僕は彼女を愛した。


だけど、そんな気持ちとは裏腹に、僕はやっぱり彼女を傷つける事しか出来なかった。


何も変われなかった。


「それじゃ、ばいばい」


いまだに、真っ青な、顔をした彼女。


そんな彼女を見て、胸がきりきりと痛む。


だけど、いつまでも、ここにいられない。


もう、僕と彼女は、終わったんだ。


僕は、彼女の手をそっと振り解くと、脇を抜けて、屋上を後にする。


背後から、どさりと座り込む音とすすり泣く声が聞こえる。


だけど、それを無視して、進む。


覆水盆に返らず。


こぼれたミルクは、元には戻らない。


一度壊れてしまった物は、もう二度と元には戻らない。


階段を降りて行くうちに、目の前に人が居た。


朽木先輩だ。


僕の事を、一瞬見て、そばに彼女が居ない事を確認すると、僕の脇を抜けて、階段を駆け上がる。


お姫様を守る騎士。


それが二人にはぴったりだと思った。


そして、二人がそれならば、僕は悪の魔王。


二人の未来を邪魔する、悪の手先。


だけど、結局悪は栄えない。


結局、潰えてしまう。


僕のように。


だけど、それでいいんだと思う。


それが正しい姿なんだと思う。


だって……


だって、悪が栄えれば、そこには絶望しかないんだから。


だから、それで正しいんだ。


そのまま、一階まで降りる。


行き先は、もう決まっている。


もちろん、自教室なんかじゃない。


こんな状況で、授業を受けられるほど精神的にタフではない。


目的地に着くと、ドアを開けて中に入る。


途端に薬品の匂いが鼻につく。


だけど、それがなぜか落ち着く。


それは、きっと、この部屋の主のせいだろう。


「また、来たの?いい加減に、授業をさぼるのやめたら、どうなの?」


その部屋の主が、僕の姿を確認すると、同時にぼやく。


しょっちゅう来ているから、彼女もずいぶん遠慮がなくなった。


初めて来た時は、優しく出迎えてくれたと言うのに。


とはいえ、彼女の言葉も最もだ。


むしろ生徒を好んでさぼらせようとするほうがおかしい。


「分かりました。もう、二度と来ません」


だから、僕は、もうここに来ちゃいけない。


そう思ったら、そんな言葉が出た。


どこか、刺々しい気がしたけど、言ってしまった以上、もう遅い。


僕は、踵を返すと、そのまま、保健室から出る。


背後には呆然としている彼女の姿が見えた。


これで、また、よりどころを失った。


そして、それと同時に、そう思った。


彼女にそう言ってしまった以上、僕はもうここに来れない。


廊下をぼんやりと歩く。


もう行き先はない。


元々、学校に居場所なんてあるわけがない。


けれど、だからと言って、いつまでも、のんびりと廊下にいるわけにもいかない。


もう授業は始まっているのだ。


教師に見つかったら、面倒な事になる。


とはいえ、だからと言って、行き先と言えば、さっきの保健室か、または……


屋上しかない。


だけど、あそこには、きっとまだあの二人がいる。


あの状態の彼女が授業を受けられるはずがない。


だから、当然却下だ。


軽く見回す。


とはいえ、あるのは、空教室だけ。


しかたない。


しばらくは、そこで、身を忍ばせるしかないだろう。


今更、教室に戻るのも億劫だし。


教室に入ると、埃くさかった。


きっと普段使われていないから、管理も雑なんだろう。


そういえば、ここらへんが掃除されているところを見るのは、ほとんどない。


だから、埃がたまっていても当然だろう。


軽く、それを払って、窓際の席に座る。


まぁ、カーテンが閉められているから、景色は見えないが。


とはいえ、一階で景色が楽しめるわけでもないから、別段どうでもいいが。


それにしても、正直退屈だ。


保健室に居られれば、彼女とまた、くだらない世間話が出来ただろうが、ここではそんな事も出来ない。


だからと言って、一人で何かする事があるわけでもない。


諦めて寝るしかないのかもしれない。


いや、そうするしかないのだろう。


そのまま、目を瞑る。


それと同時に、上坂さんとの思い出が不意に脳裏に浮かんだ。


僕にはもったいないぐらいの人だった。


そんな人が僕に笑いかけてくれた。


僕だけに笑いかけてくれていた。


それが幸せだった。


そう思うと、不意に心が熱くなった。


じんわりと熱くなった。


まるで、何かが自分の身体を奪い取るかのように。


そっと、目元をなぞる。


すると、しっとりと濡れている。


それは、涙だった。


舐めてみると、確かにしょっぱい。


だから、これは涙なんだろう。


なら、もしかすると、僕は泣いているのだろうか。


泣く事ができたのだろうか?


カーテンを開けて、埃のついた窓を見る。


そこには、薄く、ぼんやりと僕の姿が見える。


止めるすべを知らないかのように、瞳を真っ赤にして、つらつらと涙をこぼしている僕の姿が。







僕は、教室に戻ると、かばんを取る。


隣の席の友人が少し驚いた顔をしたが


「ばいばい」


それを半ば無視するように、別れの挨拶をする。


今日は、もうこれ以上、学校にはいられない。


いたくない。


今、ここに居れば、また所かまわず泣いてしまうだろう。


今だって、必死になって泣きそうなのを我慢しているのだ。


そのまま、教室を出て、また、階段を降りて行く。


目の端に、彼女と朽木先輩の姿が見えたが、見えなかった事にする。


もう、何も考えたくない。


もう、疲れたから。


これ以上の重労働は勘弁してほしい。


涙をこらえる事以外したくない。


昇降口に降りて、靴を履き替える。


そして、下駄箱には、一通の便箋。


見慣れた可愛らしい文字。


普段の姿からは考えられないほど、可愛らしい文字。


だけど、僕はそれを一度だけ、じっくりと眺めると、ゴミ箱に投げ捨て、外に出た。


外は、相変わらずの晴天。


だけど、秋風が身に染みるほど、冷たかった。


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