“神”の定義
たくさんの世界があった。それぞれの世界では様々な生き物がいる。その中で“人”という存在を知った。彼らは我々を神と呼び、崇め奉った。神を創造主と呼ぶ者、死後の世界で自分たちを救ってくれると言う者。人々は様々は解釈で我々を呼ぶが、どれも当たってはいない。なぜなら、我々は世界の監視者であるのだから――――
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世界を創造した樹がある。その樹が俺たち“神”と呼ばれる存在を創り、宇宙を創り、星を創った。俺たちはその全てを監視するために世の理から解き放たれた存在。それを自由というのか、不自由というのかは知らない。少なくとも、俺にとっては不自由なものだった。
世界樹の根本にある空間が、俺たちに与えられた居場所だった。そこから出ることも、干渉することも出来ない。神とは、世界の全てを監視する存在だった。
「だからって、こんなつまんねぇ場所にいるつもりはねぇよ、俺は」
「何を言っているのだ? 我々の責務を果たせ」
「はん、ヤダね。いったい何万億の年月をかけて監視しなきゃなんねぇんだよ。世界なんて放とけばいいっての」
「……」
玉座に座り、気だるそうな仕草でそう言った。そいつは呆れ顔とも見える表情を向けるが、すぐさま自分の役目へと集中した。
俺たちは光の集合体だ。俺以外にあと三つ、その光がある。俺たちに体はなく、意識のみの集合体。表情や仕草は俺の勝手な想像だ。そんな想像をしてないと、つまらないことこのうえない。
「あ~、暇だ!」
人のように両手を伸ばすことが出来たら、自分の好きなように有限の時の中で生きられたら、どれほどいいだろうか。生に怠慢することもなく、時間に怠惰するわけでもなく、ありのままを受け入れられる。神に死という概念は通用しない。だから、生まれ変わるなどという概念も生まれない。
「ハッ……くだんね……」
自分の存在が、神という存在が下らない。いっそのこと、人間界にでも降りてやりたい。そうしたら、こんな鬱陶しい存在から解放される。しかし、その代償は計りしれない。神は世界に干渉出来ない。それは絶対の理。覆ることなど、あってはならない。そう、普通ならあってはならないことだ。しかし、それを可能と出来る存在はいる。世界を、宇宙を、俺たちを創った存在――世界樹だ。
玉座から降り、俺は世界樹の根本まで来た。大いなる母、はたまた世界の樹。呼び名はたくさんある。たくさんの世界が存在する限り、その呼び名は数えきれない。どの名も生き物がつけたものだ。俺たちには別の名を知っている。自分たちの母であるのと同時に、世界の創造主。しかし、俺たちがその名を呼ぶことはあり得ない。名前はそのモノを縛る。世界樹には必要ないのだ。その縛りも、名前も。世界樹は全てを創っただけ。そこに俺たちが掟や理を作っただけにすぎない。
「……俺は人間界へと降りる。あそこは光と闇の交差点の世界。俺にはお似合いの場所だろう? もちろん、アンタから受け継いだこの力は置いていく。そうしないと、俺たちは干渉出来ないからな。俺の代わりは、また創ればいい。俺はここに戻ってくるつもりはない。有限の時のなかで、俺は“俺”を終わらせる」
話かけている相手は世界樹に対して。けれど、言葉など必要ない。世界樹はただ世界を感じるだけ。俺たちを通して、世界を感じている。つまり俺たちは生き物の監督者であり、世界樹の端末。
俺はずっと見ていた人間の姿を模した。そして、小さな光の玉を己の体から抜き取る。ゾクリと背筋に悪寒が走った。ここは神聖な領域。俺たち以外の存在が干渉出来ない場所だ。己から力を出し、人間になるというのは、この領域に干渉出来ないということ。なのに、いまだこの場所にいるため、俺の存在は理によって歪められていく。少しばかり残した力はどれほど持つのか。それは分からないが、結局は時間の問題。早めに立ち去ることにこしたことはない。
「……」
玉を世界樹へと放り、俺はその場所から脱出した。世界と俺たちの領域には越えなければならない壁がある。もしかしたら、その場所で消滅してしまうかもしれない。そうなってしまえば、人間どもが言う輪廻転生というやつも出来ない。俺という存在は“無”となり、俺自身の終端となる。
――少しでもいい。有限という時を感じたい。あそこで生きていた人間のように、醜く、しかして儚く生きてみたい。己の存在を感じたい。
そう思うことこそ、幻想なのかもしれない。俺たちに生き物のような感情は存在しないはずだ。だが、俺は他の奴らとは違った。自分の役割に使命感などなく、ただ、自分が監視する生き物たちに興味を抱いていた。だからこそ、あそこを抜け出したいと思うようになった。そんな自分を、どこかが欠如しているのでは、と思った瞬間もあった。しかし、一度感じた衝動は抑えることが出来なかった。
薄れ行く自分の意識の途中、俺はその青い星――“地球”を見た。どうやら壁を越えることは出来たらしい。そのことからの安堵か、ふっと意識が遠退いていった。
*****
これからの俺がどうなるかは分からない。“神”であった自分が、世界の理に入るなど、前代未聞にもほどがある。しかし、後悔の念などなかった。そう、それは今でも、そしてこれから先も生まれることなどないだろう。
そうして、俺は目を覚ます。新たな自分に変わって、生き物としての“俺”となって。この青い星(揺り篭)の中で、俺は“俺”へと覚醒する。
THE END?