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地下迷宮

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/11/22

「あー」


 昼下がり。大学の友人・西山と競馬場へ向かう電車に揺られていたとき、西山がふいに気の抜けた声を上げた。


「なに?」


 吊革に掴まりながら、ぼんやり窓に流れる景色を眺めていたおれは、顔を少し向けて訊ねた。


「いやー、ふと思い出してさ……。今、公園あっただろ。あれ見て、遊園地のことをさあ」


 西山は、にやけた顔をさらに緩ませた。どこか舌足らずで言葉足らず。どうやら思い出に耽っているらしい。さっき確かに大きな公園を通り過ぎたが、それが遊園地に結びつくものか? と、おれが小首を傾げたとき、西山がちらりとこちらを見た。

 話したくて仕方がないらしい。おれはこめかみを掻きつつ口を開いた。


「遊園地?」


「そうそう。廃園になっちまったんだけどな」


 西山は再び窓の外に目をやり、薄日が滲む曇り空を見つめながらゆっくりと語り始めた。



 昔、地元から電車で数駅の遊園地にさ、お化け屋敷があったんだよ。名前はたしか『地下迷宮』。いや、もう少し凝った名前だった気もするが……まあいいや。普通のお化け屋敷みたいに人が飛び出して脅かしたり、仕掛けがガタガタ動いたりするわけでもなくて、真っ暗な地下通路をひたすら歩くだけのシンプルなやつだった。

 入口の階段を下りたらところからスタート。そこから先は真っ暗で、もう何も見えねえの。懐中電灯もなし、携帯の明かりも禁止。

 三人が横に並べる程度の幅の通路を、壁にぺたぺたと手をつきながら進むんだ。壁はざらざらしていて、場所によっては妙に滑らかだった。たぶん、たくさんの人が触って磨かれたんだろうな。

 自然な感じで分かれ道があって、意外と簡単に友達とはぐれちまう。でも行き止まりはなくて、どのルートでも最終的にはちゃんと出口にたどり着けるようになっていたわけだが……楽しいのはその途中なんだよ。

 何がって? ふふふ……痴漢だよ。

 おいおい、そんな顔すんなよ。お前だって絶対我慢できないって! 想像してみろよ。真っ暗闇の中、ふわっと甘い香りが漂うんだ。女の子の匂いがさあ……。

 後ろからぶつかったら「きゃっ!」なんて可愛い声上げてさ。その体の柔らかい感触が、じんわりと残るんだよ。しかも、当たった部分がちょうど相手の尻と自分の股間の位置でさ。「あっ、すみません……」なんて、涙声で言われたら、姿が見えなくても輪郭を描いちゃうんだよなあ。

 ギュッと抱きしめたら、そのまま縮んじゃうような小さな体。むちっとした太もも。膨らんだ胸。たぶん、高校生くらいだったな。

 もう我慢できるわけないって。実際、痴漢スポットととして噂になっていたらしい。女の子は恐怖でわけがわからなくなってるし、ちょっと体触られてもわざとなのかどうかわからない。暗闇だから誰がやったかわからないしな。

 通路にしゃがみ込んで待ち構えている奴もいたらしい。クラスの男子はみんな一度はやっていて、俺も二回くらい触りにいったことがあった。

 で、そのときはもう我慢できなくなってさ。後ろから思いきりその子に抱きついたんだよ。そしたらその子、「やっ!」と一度大きな声を上げた。それで、バチッとスイッチが入ったみたいになっちゃってさあ……。もう、胸やふとももを夢中で揉みしだいた。たまらないだろ。その子、揉まれるたびに「やああ……」って小さく声を漏らすんだ。

 ぴっちりしたTシャツに、上にはカーディガンかな。下はスカートにニーソックス。下着はサテン地で、たぶん白だな。小柄だけどちょうど手に収まるほどの胸があって、揉みながらブラの隙間に指を差し入れ、乳首を突いた。左手で胸を弄りながら、右手でパンツ越しに尻を揉んだ。本当はずらして直に触りたかったが、当然相手は逃げようとするからうまくいかなくてさ。でも前に逃げようとする体を引き戻すようにして押さえるから、尻が俺の体に当たったり、擦れたりして、それがまたたまらなく興奮するんだよ。息を荒くしながら、おぶさるようにして触り続けた。

 でも突然、前のほうから「○○ー!?」って呼ぶ声がした。たぶん、その子の名前だろうな。友達も一緒に入ってたらしい。まあ、当たり前か。

 で、その直後「ち、痴漢!」ってその子が叫んだんだよ。

 その声で俺は、はっと我に返った。捕まったらどうなる――学校、家族、人生、全部終わる。その言葉が稲妻みたいに頭の中を駆け抜け、俺は慌ててその子を離した。


「はあ!? 痴漢!?」


 ガッガッと足音を響かせながら、その子の友達が迫ってくる。

 俺は逆側の壁に身を押しつけ、駆け出した。


「待て!」


 背後から怒鳴り声がして、心臓が跳ねた。直後、ぱっと明かりが背中を撫でた。携帯を取り出したらしい。俺は闇に飛び込むように、ただ前だけを見て走り続けた。

 けど、追ってくる気配はすぐに消えた。たぶん、その子を落ち着かせていたんだろう。

 とはいえ、出口で鉢合わせしたら一巻の終わりだ。顔は見られてないし、俺が犯人だとすぐにはわからないだろうが、もし二人に「あんた、犯人?」なんて詰め寄られたら、冷静に否定できる自信なんてなかった。

 たとえ鉢合わせなくても、息を荒げたまま外へ出れば係員の印象に残る。で、女の子たちが事情を話したら、係員の頭に俺の顔が浮かぶかもしれない。だから、できるだけ早く出口へ向かって、呼吸を整えなきゃならなかった。

 だが――そう考えたそのときだった。いきなり胸ぐらを掴まれた。

 思わず「ぶえ!?」なんて間の抜けた声が出た。


 ――捕まった!?

 ――待ち伏せしてたのか!?

 ――係員!?


 言葉が次々と頭の中で弾けて、体が硬直した。もう終わったと思った。

 だが、その手はなぜかすぐに離れた。

 何が起こったんだ――わけがわからないまま、俺はとにかく足を前へ前へと動かし続けた。

 でも、また足を止めた。いや、止めさせられた。また胸のあたりを掴まれたんだ。

 だが、またすぐに離れた。

 俺はおそるおそる再び前へ進み始めた。

 すると、また掴まれた。で、またすぐに離された。

 進む。

 掴まれる。

 離される。

 進む。

 掴まる。

 離される。

 その繰り返し。ああ、おかしいことにはとっくに気づいていた。

 腕、肩、足、尻、胸……いろんな場所に手の感触が滲んだ。

 誰かがいる……いや、そんなはずはない。俺はずっと壁伝いに進んでいるんだ。壁から手が突き出てこない限り、掴まれるはずがない。ありえないんだ。


 さらに進むと、壁の質感までおかしくなってきた。ちょっと、自分の腕を触ってみろよ。そう、そんな感触だ。ぬるくて、柔らかくて、骨みたいな固さが混じっている。ざらついたコンクリートが、次第に生き物の腹みたいな、ぬるりと湿ったものに変わっていった。

 通路はどんどん狭まり、いろんな方向から同時に手が触ってきた。始めは吸いつくようだったのが、ベタベタと遠慮のない触り方で。

『引き返せよバカ』って思うだろ? けど、さっきの女の子たちと鉢合わせになったら、俺の人生終わりだ。かといって、この先に出口があるとも思えなかった。

 だから、俺はその場に留まることにした。ただひたすら息を潜めて、ほとぼりが冷めるまで待った。

 それで……まあ、今こうしてここにいるわけだから、どうにか無事に出られたし、バレずに済んだんだけどな。

 あのときも薄々感じていたが、あれは……たぶん、“思念の溜まり場”ってやつだったんだろうな。

 暗闇で出口を見失った感情や、行き場のない欲望とかが積もり続けていたんだ。だから、あの手は俺が男だとわかるとすぐに離れたんだよ。




「ほんと、強烈な体験だったなあ……」


 西山はそう呟き、電車の通路をぼんやりと眺めた。


 それからしばらくして、西山が逮捕されたと噂で聞いた。

 満員電車で痴漢したらしい。

 ただ、女の子を触ったのではなく、手首を掴んで、自分の体を触らせてたんだと。男にも触らせていたらしい。

 たぶん、あの地下迷宮の話をしたのが引き金になったんだろう。


 あいつは、暗闇の中に囚われたままだったんだ。

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― 新着の感想 ―
 行間なしで延々と闇での痴漢体験を語りつつ悦にひたる西谷しゃんの狂喜体験に、読んでるコチラの思考力まで迷宮入りになりそうです(・・;)    途中から巨獣の体内探索めいた異質体験まじりの逃避劇と、性癖…
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