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集英社オレンジ文庫 第2回ディストピア飯小説賞に投稿したものです。
毎日のアフタヌーンティー。昼食は無く、この後は明日の十時まで胃に入れる物は無い。見慣れた顔ぶれがテーブルにつき、火曜日のメニューが青白いランプに照らされた。何年付き合ってきたかも記憶に定かではない程に食べ慣れきったこれらは、まずサンドイッチから始まる。皆一様に一種の味を口へと運ぶ。ねっとりとしたクリームは本物のクリームではないのだが、中に入ったぱきりとした歯ごたえの緑色の何かと相まって不思議と美味い。一度この緑色の物は何なのか皆で話し合ってみた事があるが、やはり誰もはっきりと知っている者はおらず、しかし何か不都合がある訳でもないので美味い物であるという結論に終わった。
少し腹がふくれた所で紅茶だ。この真っ赤な美しい液体はこれまた懐かしいような苦々しいような奇妙な味で、どの曜日のメニューとも合い、また次に運ぶエッグタルトを口に迎えるのにも丁度良い。このエッグタルトは甘みが少ないが代わりに軽い塩気があり、注意深く食べていないと気付かないであろう程に細かくなった肉が入っている。これは卵を使っているのだから、ついでに親鶏も入っているのではないかという話でまとまった。
紅茶にミルクが足された。アフタヌーンティーに詳しい方ならとっくに作法がなってないとお思いだろうが、ここにはそんな格式張った人間は居ない。というより、元々そうであったとしても、長年このような毎週のメニューが決まっているアフタヌーンティーなので、やり方が少しずつ変わっていった結果がこれなのだ。このミルクだって、よく解らない芋虫のような物の分泌物なのだが、皆もう慣れて当たり前になっている。
そして名残惜しいが最後のケーキに移ろう。……いや、急ぎ過ぎだ、ここはミルク入りの紅茶を飲みながら、皆と談話を楽しもうではないか。やれ壁の具合が悪いだの、やれ今日のミルクは味が薄いだの、前回メニューが変わったのは何年前だったのかだの、隣のテーブルのご婦人がお気の毒に死産だっただの、地熱が上がっただの、一層下で温泉が湧いたから一度行ってみるかだの、じっくりとケーキの価値を上げていく。
火曜日のケーキは一番美味い。木曜日のあまり味のしないシャクシャクとした食感の薄黄緑より全くケーキ然としている。
カップに新しい紅茶を注ぐ。焜炉にかけてあるポットは少々生温いくらいの温度に保たれている。あまり熱いとこの空間では良くない。残念ながらこのテーブルのポットは余程古い物らしく、金気臭さが気になる時があるのだが贅沢は言えない。まだ使えるのならば慣れた物を使いたい。
いよいよケーキ、ケーキだ。皆待ちきれないように一斉に手を伸ばし、輝く炎のようにきらめく甘味をそれぞれ口に放り込んだ。
さわやかな酸味と渋みのある橙や紫の混じった赤い果肉が美しく整列したスポンジのケーキ。他の皆はわからないと言っていたが、この他にもう一種類何らかの果肉が混じっていると私は考えている。甘味や渋みや酸味だけでこのように味わい深いコクと言うべき物が表わされる訳がない。もちろんアルコールの風味とも違う。もっと普遍的な、よく知っているような旨味だ。しかし見た目ではとても二種類の果肉があるようには見えないので、私は密かにこのケーキを作っている職人への讃辞を送っている。一体どんな隠し味を使っているのか。私には職人になれるような細かい作業は出来ないし、そもそも料理すらまともに作った事が無い。しかし作れる物ならば毎日作って食べたいくらいだ。
「ああ、もう食べ終わってしまった。これをまた一週間待たなければならないなんて、酷い話じゃないか」
皆も口々に同意を示す。中には強がって金曜日のメニューも悪くないからお前程は来週が恋しくない、などと豪語する者も居た。しかしあれは生臭さがあってそこまで美味しい物でも無い。好みと言えばそれまでだが、私の好みで計ればあの翡翠色の見た目だけが悪くない要素だ。
しかし残念な事にいつまでも紅茶だけで談話を楽しんでは居られない、作業に戻らなくては。バイオミートだけでなく、本物の肉が食べられる所はあまり多くは無いのだから、業務不振で地上送りは御免だ。このヤオビクニコロニーからは、追い出されたくはない。
彼らは地球人。地球に資源が無くなったか住めなくなったかで宇宙に旅立ったは良いものの、
普通に宇宙で活動したのでは厳しい環境では長くはもたないでしょう。
ですからその解決策として、夢のSF飯かもしれないバイオ人魚の肉が毎食毎食細切れ(メニュー、minutus)にされて混ぜられているというだけのお話。
そのせいで船員は大体不老不死になっていますが、時間感覚は狂っているので、実は地球を出てから気が遠くなるほど時が経っていることには気付いていなかったりします。
ディストピア要素が薄いかもな、と思いながら書いてみたつもりでとんでもないハイパーブラックな環境で働き続ける彼らが出来上がっていました。
読んでいただきありがとうございます。




