第98話 出立の潮音
アトラの朝。
海底都市の広場に、光る海藻の帳が揺れていた。
一行は荷をまとめ、ついに出立の時を迎えていた。
ブチは最後まで名残惜しそうにタロと遊び、泡の輪をいくつも作っては笑わせていた。
「また遊びに来いよ! 僕は戦わないけど、遊ぶのは大歓迎だからな!」
タロは笑顔で大きく手を振る。
「絶対に戻ってくるよ! 次はもっとすごい技を見せてね!」
オルガは腕を組み、やれやれと肩をすくめながらも、どこか嬉しげに言った。
「ブチと遊んでくれて感謝する。……だが忘れるな、海は常に見ているぞ」
イヴはその言葉に頷きながら、海底を仰いだ。
「……いつか、月を見上げながら今日のことを思い出したい」
ミロが横に立ち、柔らかい声を添える。
「大丈夫よ。夢も記憶も、こうして仲間と歩めば消えないわ」
その時、海王ジークがゆるやかに近づき、その巨大な影が皆を包み込んだ。
「お前たちの誓いは、確かに海が受け取った。
次に進むべきは“エアー”。龍の信仰を抱く地だ」
ノラは義手を握りしめ、深く息を吸う。
「……シロの死、その真実を確かめる。俺はもう迷わない」
クロも静かに続ける。
「法を守るためじゃない……平和を築くために、俺は進む」
ジークは大きく尾を振り、波のような光を広場に広げた。
「行け、若き者たちよ。潮音はお前たちの歩みを見守ろう」
海底都市アトラがゆるやかに遠ざかっていく。
胸に残る潮の音は、これからの旅を支える灯火となるだろう。
そして一行は――空族の住まう新たな地、「エアー」へ向けて旅立った。




