第97話 揺らぐ真実
アトラの中心区。
透明な水晶柱が立ち並ぶ広場で、海王ジークの声が低く響いた。
「……お前たちは“龍”という存在を知っているか?」
その名が告げられた瞬間、一行の心に緊張が走った。
ノラは眉をひそめ、クロは言葉を失う。
タロとイヴは顔を見合わせ、まだ理解できず、不安げな表情を浮かべた。
ジークはゆるやかに首を振った。
「私自身も、龍を見たことは無く伝承として聞いただけだ。だが空族には古来より龍に対しての伝承がある。
龍は大地と水と空そして命を繋ぐ存在であり、ナナシが誕生するより遥か前から世界を見守ってきたと……」
ノラは静かに問いかける。
「伝承……それだけか? 本当に実在するのかも分からないのに、信じられているのか…?」
ジークの瞳が深く沈む。
「水はすべてを記憶する。海がそうであるように、空にも記憶がある。
龍は私も会ったことは無いが、空族の希望であり信仰の対象。
空族は信仰を語り継ぎ、記憶を守ってきた。真実かどうかは……その地に赴いた者だけが知るのだ」
少し間を置き、ジークはさらに言葉を重ねた。
「……そしてもう一つ。エアーの空族は希少種や保護種のトヒを“管理”しているという。
それは表に出ぬ記録だが、確かに存在する」
ミロが一歩進み出て、静かに言葉を添えた。
「ハコニワ以外でも、トヒが保護されていたのは確かです。
でも……なぜ空王イーガ様は、それを隠し続けてきたのでしょうか?」
ジークは瞼を閉じ、わずかに声を落とした。
「それもまた、龍にまつわる真実と繋がっているのかもしれぬ。
……いずれお前たち自身が知ることになるだろう」
重苦しい沈黙が広がる。
ノラは拳を握りしめ、胸の奥であの日の光景を思い出していた。
(……シロが倒れたあの日。白い毛並みを覆った血と、その上を飛び去った“空族”。)
イヴが月を思うように呟いた。
「……月は、全部を見ているのかもしれない」
タロが小さく頷き、拳を握りしめる。
「だったら僕らも行こう! 夢と答えを探しに!」
その声に、ジークは静かに微笑んだ。
「夢は道を照らす光……その光がある限り、海も空もお前たちを拒まぬだろう」
こうして彼らは、新たな地「エアー」を目指す決意を固めた。
その頃、遠く離れた沼地の深部。
濃霧に包まれた湿地の祭壇で、ナーガとコドラの影が静かに蠢いていた。
「……時は近い」
ナーガの黄金の瞳が怪しく輝く。
コドラは黙して尾を打ちつけた。
霧が濃く広がり、沼の奥は不気味な波紋が幾重にも揺れていく。
それはまだ誰も知らぬまま、世界を揺るがす陰謀の胎動であった。




