第96話 夢のかけら
アトラでの滞在も数日が経った。
海底都市の暮らしは、陸のそれとはまるで違っていた。
魚群が街路を泳ぎ抜け、光る貝殻で飾られた家々からは柔らかな歌声が漂う。
ノラたちにとって、それは未知でありながらも心を解きほぐす光景だった。
広場では、ブチが「遊び相手」を見つけて大はしゃぎしていた。
「僕は戦わないからな! でも遊ぶのは得意だ!」
そう言いながら、彼は水中でぐるぐる回転し、次々と泡の輪を作り出す。
「わぁっ、すごい!」
タロは目を輝かせて輪をくぐり抜け、歓声をあげる。
ブチはさらに尾で水を蹴り、大きな渦を作り出した。
タロは笑いながら必死に泳ぎ、渦に吸い込まれまいと腕を伸ばした。
「やっぱり僕、こういうの大好きだ! もっともっと挑戦してみたい!」
オルガが腕を組み、呆れたように言う。
「まったく……遊びにかけては最強だな、ブチは」
だがその声色には、どこか誇らしげな響きが混じっていた。
イヴは二人のやり取りを見つめ、自然と笑みを浮かべた。
その瞳には、ブチの泡とタロの笑顔が重なり、月明かりのように淡い輝きが宿っていた。
「……私も、いつか自分の夢を見つけたい。儚くても、誰かの力になれる夢を」
ミロが横に立ち、静かに声を添える。
「夢は姿を変えても消えないわ。たとえ泡のように儚くても、誰かの心に届けば永遠になる」
タロは振り返り、弾む声で叫んだ。
「僕、決めた! ブチと遊んでたら、もっと世界を見たくなった!
僕は夢を探す旅を続けるんだ!」
その言葉に、ノラとクロも思わず微笑んだ。
失われたもの、背負った影…。それでも、この二人の夢が未来を明るく照らしていた。
その夜、一行は海底の広場で肩を並べ、光る波を眺めながらそれぞれの想いを胸に抱いた。
夢のかけらが、確かに彼らの間で芽生え始めていた。
だがその頃、沼地の深部。
濃い霧の中で、黄金の瞳が妖しく揺らめいていた。
「夢……泡のように儚いもの。
だが壊れた時にこそ、最も深い絶望を生む」
ナーガの声が湿地に溶け、蠢く影が不気味に波紋を広げていく。
その波は、やがてアトラをも呑み込むかも知れない嵐の予兆がレプタに漂っていた。




