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ナナシのトヒ 〜ナチュラビスト〜  作者: 大地アキ
10章 アトラ

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95/201

第95話 形見の想い

その頃――。


湿地の奥、濃霧に覆われた祭壇で、黄金の瞳が妖しく輝いていた。

ナーガは冷たい笑みを浮かべ、長い尾で地を叩く。


「……海底都市アトラ。

 ジークとその民が夢を掲げ、笑い合っているのかと思うと実に滑稽だ」


隣に立つコドラが鋭い牙を覗かせた。

「ジークは老いているとはいえ、民は一枚岩。アトラの場所も不明で我々が辿り着く事も出来ない。容易には崩れまい」


ナーガは喉の奥で低く笑った。

「崩れるとも。夢に酔った民など、古代の血脈の前では塵にすぎぬ。

 海に眠る恐竜を目覚めさせれば、ジークもろとも沈む。

 アトラの民ごと、深淵に堕とすのだ」


霧の中から蠢く影が姿を現した。

人でも獣でもない、禍々しい異形たち。

それは来るべき破滅の前触れのように、湿地の闇でうごめいていた。


同じ夜、海底都市アトラでは。


光る珊瑚の街灯が静かに揺れ、街全体が幻想的な輝きに包まれていた。

宿舎の一室で、ノラとクロは向かい合って腰を下ろしていた。


ノラは窓の外を見つめながら、低く口を開く。

「……シロが死んだあの日。俺は確かに見たんだ。

 白い毛並みが血に染まり、そのすぐ上を――冷たい風を切って、翼が飛び去るのを。

 鉄の匂いが鼻を刺して……今も忘れられない」


クロの目が鋭く光る。

「やはり……空族か」


ノラは拳を握り、首を横に振った。

「決めつけるつもりはない。けれど……胸の奥でずっとざわめいてる。

 あの空族の存在を知らずに、シロの死を受け入れるわけにはいかない」


クロは静かに息を吐き、弟のように慕ってきたノラをまっすぐに見た。

「兄さんを失ってから、俺はずっと努力してきた。文武も、律も……全部。

 だがな、答えが出ないまま積み上げた努力は、ただの鎖だ。

 俺はその鎖に縛られ、重さに押し潰されそうになった。

 ……だからこそ、真実を知るまで止まらない」


その時、部屋の入口から柔らかな声が届いた。

ミロだった。静かに扉にもたれ、二人を見守っていた。


「……シロさんの死を、私も耳にしています。

 でもね、真実を知ることは時に、傷を抉ることにもなる。

 それでも前に進むと決めるなら、私はあなたたちを支えたい」


ノラとクロは振り返り、ミロの凛とした眼差しを受け止める。

彼女の言葉は優しさだけでなく、同じ重荷を背負う者の決意が込められていた。


ノラはわずかに笑みを浮かべる。

「クロ……お前は努力の天才だな。俺が投げ出した時も、ずっと走ってきた」


クロは照れ隠しのように肩をすくめた。

「兄さんのためだ。……それに、俺はノラに並びたかったんだ」


ミロはそんな二人を見て、静かに頷く。

「シロさんの想いは、きっとまだ形見の狼牙のどこかで生きている。

 ……だから一緒に、探しましょう」


遠く、海の音が部屋を包み込む。

三人は胸の奥に消えぬ影を抱えながらも、確かな決意を新たにしていた。

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