第9話 兄の影を追って
夕暮れの草原を後にしたノラとクロは、ヤマトへの帰路を歩いていた。
空は茜色から群青へと変わり、星々が瞬き始める。
沈黙が長く続いた。
ノラは義手を握りしめ、クロは制服の襟を正すように指でなぞる。
互いに言葉を探していた。
先に口を開いたのはクロだった。
「兄が死んだあの日……俺はまだ子供で、戦場には立てなかった」
低く落とされた声には、悔しさと後悔が入り混じっていた。
「報告書には“戦場で戦死”とだけ記されていた。だが、俺は信じられなかった。
兄は誰よりも強く、誰よりも優しかった。幼かった俺にとって、シロ兄は……父親みたいな存在だったんだ」
クロの眼差しは真っ直ぐだった。
その奥には昇華できぬ怒りと悲しみが渦を巻いている。
ノラはゆっくりと頷いた。
「……俺も同じだ。シロは、俺を救うために……」
言葉は途切れた。
夢で繰り返し見てきた光景が脳裏に蘇る。
血に染まった純白の毛並み、飛び去る空族の影。
あの瞬間の真実は、いまだ闇に包まれたままだ。
二人が歩みを進めると、郊外の農場が視界に入った。
木柵で囲まれた畑では、トヒたちが黙々と働いていた。
首輪をつけられ、馬車を引き、荷を背負い、汗と泥に塗れながら――ただ命じられるままに動き続ける。
「あぁ……うぅ……」
声にならない呻きが夜風に混じり、かすかに耳へ届いた。
ノラは拳を握りしめ、言葉を失った。
クロは立ち止まり、夜空を仰いだ。
「司法警察の任務としてではなく……弟として、俺は兄の真実を知りたい」
その声には、誓いが込められていた。
ノラも静かに義手を掲げた。
金属の光が月明かりに反射し、冷たく輝く。
「なら一緒に行こう、クロ。
お前が兄を追うなら、俺は“あの日の答え”を探す。
シロの死が意味するものを、俺たちの目で確かめるんだ」
風が柵を揺らし、労働に殉ずるトヒの影をかすめていった。
孤独だった道が、今は二つの影で並んでいる。
その足取りは、迷いなく前へと向かっていた。
だが彼らを待つのは、真実か、それともさらなる絶望か――まだ誰も知らなかった。