第87話 アトラへの招待
波打ち際で潮騒が響く。
ブチとオルガの導きによって、ノラたちは白い砂浜を離れ、岩場に囲まれた入り江へと進んでいた。
その先に広がる青い海は、静謐でありながらも底知れぬ深さを感じさせた。
「本当に……この海の底に都市があるのか?」
クロが低く呟く。その声には好奇心と警戒心が入り混じっていた。
オルガは振り返り、短く頷いた。
「アトラは海族の根源。だが陸の者が足を踏み入れることは滅多にない。……お前たちの行いと“夢”を見て、海王ジーク様の側近である私が海族を代表し招待する」
ノラは胸を高鳴らせながらも、不安を隠せなかった。
「だが……俺たちは陸でしか生きられない。水に潜れば……」
「その点は心配ない!」
オルガの背後から、ブチが胸を張って割り込んだ。
「昔のトヒが残した“遺物”があるんだ。僕ら海族はそれを《アクアリス》って呼んでる」
ブチは腰の袋から、小さな装具を取り出して見せた。
透明な貝殻のような形をしており、内側で淡い光が脈動している。
「僕らには仕組みは分からないけど……陸の人がこれを使えば、水の中でも息ができるはずさ。だから安心して!」
クロは深く息をつき、海面を見つめた。
「つまり……お前たちを信じろってことか」
「そ、そんな怖い言い方しないでよ! 僕とオルガが保証するから!」
「保証だと? さっきまで昆虫から逃げ回っていたのはどこの誰だ」
「ち、違う! あれは……転んだ勢いでぶつかっただけだってば!」
そのやり取りにタロは堪えきれず声をあげて笑い、イヴも小さく吹き出した。
ノラとクロも顔を見合わせ、つい口元が緩む。
その横で、ミロが静かに言葉を紡いだ。
「……父上は言っていました。“夢を奪わぬ未来を見ろ”と。
だから私は、この目で確かめます。海の底に広がる世界も、きっとその答えに繋がるはず」
ノラは彼女の横顔を見つめ、少しだけ微笑んだ。
「お前がそう言うなら、俺も信じる。……一緒に見よう。どんな未来が待っているのか」
ミロの瞳がわずかに潤み、強く頷いた。
「はい。……一緒に…!」
海風が吹き抜け、波がさらに高く寄せては返す。
ノラたちの旅は、ついに海底都市アトラ、そして海王ジークのもとへと続こうとしていた。




