第86話 砂浜の出会い
潮風が頬を撫で、白い砂浜に波が寄せては返す。
ノラたちは北西湖を後にし、ついに 西の海 へと辿り着いていた。
「……これが、西の海か」
ノラが思わず息を呑む。水平線の向こうまで続く青に、タロとイヴも目を輝かせていた。
だがその静けさを破ったのは、甲高い叫び声だった。
「わ、わあああ! やめろって言ってるだろ! 僕は戦わないんだってばぁぁぁ!」
砂浜の先で、丸っこい体をした 海族らしき
ゴマフアザラシのナチュラビスト が、巨大昆虫に追われていた。
黒光りする外骨格の脚が砂をえぐり、牙が振り下ろされる。
「危ない!」
ノラは義手にヒトフリを握りしめて走り出す。クロもすぐさま狼牙を構えた。
海族は必死に逃げ回りながらも、尻尾で砂を蹴って敵の動きを鈍らせていた。
その声はなおも情けなく響く。
「僕は戦わない! 戦わないって決めてるんだぁぁぁ!」
だが、巨大昆虫が牙を突き立てようとした瞬間
彼は反射的に体をひねり、尻尾をしならせて昆虫の胴を弾き飛ばした。
砂浜に激突した昆虫は痙攣し、やがて動かなくなる。
「……今のは、戦ったうちに入らないからねっ!」
彼は胸を張り、必死に言い訳をしていた。
ノラは思わず吹き出しそうになる。
「おいおい……充分戦ってるだろ」
クロも口元を押さえながら呟く。
「不器用なやつだな」
その場にいたタロとイヴも、とうとうこらえきれずに吹き出し笑った。
「ぶ、面白すぎるよ!」
「“戦わない”って言いながら……ちゃんと戦ってるじゃない!」
おちゃめな海族は、慌てて真っ赤な顔で叫んだ。
「ち、違うんだ! 本当に戦ってないんだよ!」
その時、低く凛とした声が響いた。
「また“戦わない”とか言いながら、勝手に暴れていたのか、ブチ」
振り向けば、鋭い眼光を持つ巨大な 鯱のナチュラビスト が立っていた。
黒と白の模様を持つその姿は威圧感に満ち、まるで深海から現れた怪物のよう。
「オルガ! ち、違うんだよ! 僕はただ、追いかけられて仕方なく……!」
「言い訳は聞き飽きた。お前は口で“戦わない”と言いつつ、いつも最後は体が動く」
オルガは溜息をついた。だがその目の奥には、仲間を案じる温かさが潜んでいた。
その姿を見て、ミロがはっと目を見開く。
「……あなた……! 統一政府の議場で見かけたことがある。海族の代表の一人……」
オルガは短く頷いた。
「覚えていたか。私は海王ジークに仕える者、オルガ。そしてこいつはブチ。共に、海王ジーク様の腹心だ」
ノラたちはただ呆然と見つめていた。オルガの威容は海そのもののようで、言葉にできぬ迫力があった。
だが次の瞬間、オルガの声色は柔らかく変わった。
「……陸の者よ。お前たちが私の相棒ブチを助け様としてくれた姿を、しっかりと見た。感謝する。」
クロが一歩前に出る。
「偶然だ。そして、結果助けてはいない。ただ見過ごせなかっただけだ」
オルガは静かに頷いた。
「恩は忘れぬ。我らの王ジーク様が、お前たちに会う資格を持つかどうかを見極めるだろう」
その言葉に、タロが小さく呟く。
「えっ…。海の底に……行けるの……?」
イヴも目を輝かせた。
「夢みたい……」
オルガの視線が二人に向く。
「夢……か。なるほど、お前たちの目は確かに濁ってはいない」
その言葉に、ノラは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
海底都市アトラ、そして海王ジークへの道が、いま開かれようとしていた。




