第83話 湖王ゲータ
森を抜けた先に、広大な湖が姿を現した。
朝の光を受けて静かに輝く湖面は美しくも、どこか張り詰めた気配を放っていた。
その中心――濃い霧を裂くように、巨体が姿を現す。
分厚い鱗に覆われた体、鋭い牙、そして黄金に光る瞳。
それはまさに大河を支配する覇者のような存在――湖王 ゲータ だった。
「……貴様らは、この湖に何を求めて来た」
低く響く声が、湖面全体を震わせた。
ノラたちは思わず足を止め、その圧倒的な気配に息を呑む。
クロが一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「我らは旅の途上にあります。“優しさのルーン石”を求め、湖王ゲータ殿にお会いしたく参じました」
ゲータの瞳が鋭く細められる。
「優しさ、だと……? 笑わせるな。
この世で最も軽んじられ、最も裏切られるのがその言葉よ。
優しさを信じて滅んだ者を、俺は幾度も見てきた」
その声には、怒りと悲哀が混じっていた。
だが同時に、揺るぎない威厳と真実を見抜く眼差しが宿っていた。
ノラが一歩進み出て、真っ直ぐにゲータを見据える。
「それでも、俺たちは信じたい。
仲間を、夢を、そして……未来を守る優しさを」
ゲータの巨大な尾が湖面を打ち、波が押し寄せる。
タロとイヴは思わず身を寄せ合ったが、ミロは一歩も退かなかった。
「……ならば試すがいい」
ゲータの声が轟き、湖の水が大きく渦を巻き始めた。
「“優しさ”とはただの弱さか、それとも真の力か。
お前たちがその答えを持つのなら、この湖で示してみせろ!」
湖の奥から現れる無数の影――
それは水の精霊のような存在であり、時に人の姿に、時に猛獣の姿に形を変えてノラたちを取り囲んでいった。
その瞳は冷たくもあり、同時にどこか優しさを求めるようでもあった。
クロが剣を抜き、ノラは義手に《ヒトフリ》を握りしめる。
タロは「守る優しさを見せたい」と拳を震わせ、イヴは笛を胸に抱いて「寄り添う優しさ」を信じた。
ミロは父の言葉を思い出しながら、「王族としてではなく、一人の者としての優しさ」を示そうと前を見据える。
ゲータの眼差しは冷徹に見えながらも、その奥には微かな光が宿っていた。
彼は本気で問うていたのだ――
「お前たちは、本当に“優しさ”を力として示せるのか」と。




