第82話 北西への道
北へと向かう街道は、次第に荒々しい岩肌と険しい山道へと変わっていった。
風は冷たく、草原の匂いを抜けて湿り気を帯びた大気が漂う。
ノラは義手の留め具を確かめながら、隣を歩くクロに目をやった。
「……空気が違うな」
クロは周囲を警戒しながら頷いた。
「北西湖にはエアーも隣接する。 話によれば北西湖にて祀られるルーン石は優しさのルーン石。
真に強い者だけが抱ける資質だ。湖王ゲータに会うには、試されるだろう」
ミロは背筋を伸ばし、前を見据えた。
「父も四天王も、私に“夢を奪わぬ未来を見ろ”と言ってくれた。
だからこそ……私は逃げない。この道を共に歩む」
タロが元気に笑いながら跳ねるように進んでいく。
「よし! じゃあ僕が先頭ね! みんなついてきて!」
「ちょ、ちょっと待ってよタロ!」
イヴが慌てて追いかける。
彼女の小さな手には、旅の途中で拾った古い笛が握られていた。
風が吹き抜けると、かすかに澄んだ音が鳴り、どこか懐かしい響きが漂った。
ノラは二人の姿に微笑みを浮かべつつ、心の中で呟いた。
(……夢を奪わぬ未来、か。あの二人の無邪気さを守ることも、それに繋がるんだろうな)
やがて、視界の先に深い森と大きな湖を囲む山並みが現れた。
湖面はまだ見えないが、冷たい風に混じって湿った土と苔の匂いが漂ってくる。
クロが足を止め、剣に手を添える。
「気をつけろ。この辺りからは湖王ゲータの縄張りだ。
外敵には厳しく、試練を課すと聞いている」
その言葉に、一行は足を揃えた。
冷たい空気の中に、静かな緊張感が満ちていく。
その時、木々の奥から重く低い水音が響いた。
水面がわずかに揺らぎ、まるで見えざる巨体が息を潜めているかのようだった。
湖は、確かに彼らを迎えようとしていた。




