第81話 疑念の広がり
ハコニワで起きたトヒ大量失踪の報は、瞬く間に周辺の町や村へと広がっていった。
「リーフラ族が守れなかったらしい」
「トヒが消えるなんて……まさか空族の仕業じゃないだろうな」
「いや、沼族の影に違いない。……新たな争いの始まりか?」
真実が分からぬまま、噂は形を変えて膨れ上がり、種族間の不信を煽っていく。
牧場から消えたトヒは平和の象徴であり、その失踪は誰にとっても衝撃だった。
統一政府の役人たちも慌ただしく調査に乗り出したが、痕跡はほとんどなく、柵も壊されていない。
「内部の裏切り」や「不可思議な術」といった憶測ばかりが飛び交い、布告はむしろ人々の混乱を深めていた。
――その頃。
ノラ一行は、ハコニワを離れて北西に進む道を歩んでいた。
途中の村で耳にした噂に、タロは不安げに眉をひそめる。
「……トヒが消えた? 本当なのかな」
イヴは胸に手を当て、寂しげに呟いた。
「もし本当なら……トヒたちは今どこにいるの……」
クロは険しい顔で応じた。
「信憑性はまだ分からないが、事実だとすれば一大事だ。
リーフラ族が“平和の象徴”を守れないとなれば、統一政府全体の威信が揺らぐ」
ミロは強い眼差しで前を見据えた。
「だからこそ、私は王女として真実を掴みたい。
父や四天王を疑う者たちの声に負けぬよう、証を見つけなければならない」
ノラは義手を握りしめ、低く言った。
「夢を奪われたトヒの未来を……俺たちが見届けなきゃならない。
失踪の真相を突き止めるまで、この旅は終われない」
朝焼けの光が道を照らし、仲間たちの影を長く伸ばしていた。
その影は揺れながらも確かに繋がり、未来へと続いていた。




