第8話 司法警察クロ
討伐を終えた草原に、夕陽が差し込んでいた。
風に揺れる草の音だけが静かに響く。
ノラは《ヒトフリ》を鞘に納め、返礼の印を確認してから腰を下ろした。
「……やれやれ。これで一件目は完了だな」
ひと息ついた瞬間だった。
背後から、乾いた声が聞こえてくる。
「……相変わらず、見事な腕前だな」
ノラは反射的に振り向いた。
そこに立っていたのは、一匹の犬族の青年。
黒と茶の混ざった毛並み、鋭く研ぎ澄まされた眼差し。
着ているのは統一政府司法警察本部の紋章を刻んだ制服――。
「……クロ」
「久しぶりだな、ノラ」
互いに視線を交わした瞬間、草原を吹き抜ける風が一層冷たく感じられた。
クロ。
彼はシロの実の弟であり、ノラにとっては弟分のような存在だった。
年齢はノラとシロよりも大きく離れている。
だからこそ、幼い頃のクロにとって
シロは“父のように慕う兄”だった。
そしてノラにとっては種族と血は違えど
“家族”を失った痛みを共有する存在でもある。
「ノラが依頼を受けているのは知っていた。
……それと同時に、監視する必要もある」
「監視?」
「トヒと遺物に、最近不穏な動きがある。司法警察本部は、その全てを調査中だ」
ノラは眉をひそめた。
クロの声音は固く、感情を押し殺している。
だが、その瞳の奥には消えない影が潜んでいた。
「……クロ、本当はシロのことを知りたいんじゃないのか?」
ノラの問いに、クロの瞳が一瞬揺らぐ。
彼は視線を逸らさず、低く答えた。
「兄の死を、この目で確かめる。それが俺の誓いだ」
重苦しい沈黙が落ちる。
夕陽は沈みかけ、二人の影を長く伸ばしていた。
やがてクロは口を開く。
「ノラ……俺も同行する。司法警察の任務として、そして……弟として兄の真実を知るために」
ノラはしばし黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。だが俺のやり方に口を出すなよ」
「安心しろ。俺も、俺のやり方を貫く」
夕暮れの草原で、二人の視線が交錯する。
戦友を失った者と、その弟。
立場は違えど、心に抱く影は同じだった。
――こうしてノラとクロの旅は、本当の意味で始まった。