第74話 家畜化の真実
ハコニワの大広間。
分厚い石造りの壁に囲まれた空間は、炎の揺らめきに赤黒く染まり、床に伸びる影をより濃くしていた。
その中心に、リーフラ族の王ブルが巨体を沈めて座っている。
重苦しい沈黙が続き、ノラたちはただその言葉を待つしかなかった。
やがて、ブルは低く口を開いた。
「……トヒの前、かつて旧人類と呼ばれる者たちが滅んだ理由は知っているな」
ノラが頷く。
「傲慢さと欲望……星を壊し、ナチュラビストに取って代わられた」
「そうだ。しかし、それだけではない」
ブルの瞳が炎を映して鋭く光る。
「トヒには“夢”があった。その夢は時に力を与え、時に破滅を招いた。
奴らは夢に呑まれ、己を制御できなくなったのだ」
ノラの胸に冷たいものが走る。
(夢が……力に? 俺たちが南西湖で見たのと同じ……)
ブルは深く息を吐き、言葉を重ねた。
「だから我らリーフラ族は決断した。
――夢を与えぬよう、トヒを家畜化するしかなかったのだ」
イヴが小さく震える声を漏らす。
「夢を……与えないために……?」
ミロが一歩進み出て、真剣な眼差しで答えた。
「そう。育て、囲い、食用として出荷し、時には愛玩用等にする。
その中で“夢”を持つことを封じれば、彼らはただの穏やかな存在でいられる。そしてその、トヒを食したものたちも。
それが戦争を終わらせ、ナナシを平和に導いた……父たちの選択だったの」
クロの表情が険しく歪む。
「……それは平和と呼べるのか? ただ“恐れ”で縛っただけじゃないのか!」
ブルの巨体が揺れ、炎の影が壁に大きく広がる。
「責められて然るべきだ。だが、肉食や雑食の種族が暴走する事も止めねばならなかった。
トヒを夢から切り離すことで、虚の状態のトヒを食用にて流通させたところ何故か肉食、雑食たちは争いを辞め鎮まり、リーフラ族が襲われる事も無くなって、他の種族のナチュラビストたちも争い捕食し合わなくなって今の平和が築かれたのだ」
ノラの義手が軋みを上げた。
(……リーフラ族は平和を守るために……そんな悲しい選択を……)
イヴは唇を噛み、タロの手をぎゅっと握った。
「でも……夢を奪われたトヒは……幸せなの……?」
ブルは答えなかった。
沈黙が広間に落ち、その影は炎の揺らめきよりも重く感じられた。
ノラは深く息を吸い、ゆっくりと顔を上げる。
「……責めることはできない。人類が過ちを繰り返したせいで、そんな選択を背負わせたんだから」
クロが静かに頷き、声を低くした。
「だが……これからどうするかは、俺たちが決めなきゃならない」
ブルの眼差しがわずかに和らぎ、巨体が微かに頷いた。
「だからこそ……お前たちに託したい。真実を知った上で、未来を選べ」
その言葉を受け、ノラの胸に炎が灯る。
それは悲しみの炎ではなく――これからの選択を照らすための、小さくも確かな光だった。




