第71話 ヒッポの目覚め
湖面に漂う静寂の中、濁った水を背にしてヒッポがゆっくりと立ち上がった。
巨体の肩が大きく上下し、荒い息が吐き出される。
だが、その眼差しにはもはや敵意はなく、静かな光が宿っていた。
「……見事だ。夢を掲げ、力に抗い、仲間を信じ抜いた……」
その声は重く響きながらも、先ほどまでの咆哮とは違い、どこか温かさが滲んでいた。
ノラは《ヒトフリ》を収め、仲間たちと並んでその言葉を受け止める。
「俺たちの夢はまだ小さい。けど……信じ合えば、どんな力にも負けない」
クロが頷き、剣を下ろした。
「夢は幻じゃない――それを証明できた」
タロとイヴも寄り添いながら、光の余韻に包まれていた。
タロは小さな胸を張り、震える声で言った。
「僕……守れたんだ。みんなを……」
イヴは柔らかく微笑み、その手を握る。
「うん……タロの夢が、私たちを救ってくれた」
ヒッポはその姿をしばし見つめ、やがて湖の中央に視線を移した。
そこにはなお、淡い光を放つ「力のルーン石」が静かに佇んでいる。
「石は……奪う者ではなく、託す者を選ぶ。
俺はその真実を忘れ、力に囚われていた。
だが……お前たちを見て、思い出したのだ」
ヒッポは大きく息を吐き、湖の水を震わせた。
「力のルーン石はお前たちに託そう。沼族が何故ルーン石を狙うかは解らぬが
守るべきは石ではなく――夢を紡ぐ者たちだと思い出させてくれたお礼だ」
ノラの胸に熱いものが込み上げる。
「ヒッポ……ありがとう。俺たちは、この石を、そして夢も必ず守る」
ヒッポは満足げに目を細め、その巨体を湖へと沈めていった。
水面に広がる波紋は、穏やかな祈りのように静かに揺れ続ける。
その光景を見届けたクロが、仲間に声をかけた。
「……次だな。知のルーン石を奪った沼族が何を企んでいるかを忘れてはならない。この先北気味に向かえばハコニワが近い。もう一度ブル様に会おう」
ノラは頷き、タロとイヴの肩を支えながら歩き出した。
「進もう。夢が選んでくれた道を」
こうして一行は、南西湖を後にし沼族の思惑の阻止、世界の真実を求めて新たな旅路へと歩を進めていくのだった。




