第7話 初めての依頼
郊外の草原に吹く風は、いつになく重たかった。
陽光を遮るほどの羽音が轟き、地面を這う異形の気配が空気を震わせる。
「来たか……」
ノラは義手で刀の柄を握り直し、目を細めた。
黒光りする無数の脚が土をえぐり、ぎらつく複眼が光を反射する。
現れたのは巨大な 《オオゲジ》。
その背後では、鋭い脚を持つ 《大バッタ》 が跳ねるように身構えていた。
依頼内容は――昆虫討伐。
返礼品は旧時代の音楽媒体。
ノラの胸は高鳴り、同時に冷ややかな研ぎ澄ましが訪れる。
「……行くぞ、《ヒトフリ》」
鞘から抜かれたのは、刀剣型の専用兵装。
旧時代の「刀」を再構築したもので、金属と植物繊維を融合させた複合素材。
星を汚さず、ナチュラビストの理念に沿った武器だった。
その一振りには、かつてノラが戦場で生き延びた誇りと記憶が宿っていた。
大バッタが一気に跳躍する。
刹那、ノラの身体は風を裂き疾駆する。
「――ヤマト無双流・初破!」
大地を蹴り、弧を描いた刃が脚を断ち切る。
緑の体液が飛び散り、草原に滴る。
怒り狂ったオオゲジが唸りを上げ、鎌のような脚を振り下ろした。
だがノラの眼差しは揺らがなかった。
かつて彼は 《六破》 と呼ばれる破邪衆の一人だった。
片腕を失ってなお、その技は鈍らず、むしろ研ぎ澄まされていた。
義手が軋み、刃が閃く。
「これくらい……朝飯前だ」
多脚が次々と切り落とされ、巨体は地をのたうち、やがて動きを止める。
最後に大バッタの首を断ち切ると、草原に再び静寂が戻った。
ノラは息を整え、刃を拭った。
その瞳に浮かんでいたのは戦士の冷徹さではなく、研究者の好奇心だった。
「レコード……どんな音が刻まれているんだろうな」
呟きながら依頼達成の証を刻む。
これで返礼券を得られる。
風が吹き抜ける草原に立ち尽くすノラの背は、孤独でありながらも確かな誇りを帯びていた。