第61話 夢を試すもの
祭壇の光が激しく脈打ち、霧の中から再び姿を現したのは――沼族の王、ナーガだった。
その長大な胴が揺れるたび、濃い霧が裂け、水面に映る月光さえ歪んでいく。
「愚かなる夢追い人たちよ……」
湿り気を帯びた声が、祭壇の空気を震わせる。
「弱者が夢を見るなど、滑稽なことだ。
夢など所詮、飢えと恐怖の前では消え去る幻にすぎぬ」
タロが震えながら顔を上げる。
「……幻、だって……?」
ナーガの黄金の瞳が鋭く光り、タロを射抜いた。
「そうだ。お前のような小さき者の夢など、何の力も持たぬ。
この星を動かすのは“力”だ。夢は強者の足元で踏み潰される運命にある」
イヴは唇を噛み、胸の奥に燃えるような痛みを感じながら前に進んだ。
だがその痛みは、彼女の声を強くした。
「幻かもしれない……すぐに壊れるものかもしれない。
でも――夢を信じる心まで、誰にも踏み潰すことなんてできない!」
その言葉に、タロも一歩前へ出る。
「そうだよ! 僕はまだ弱いし、何もできないかもしれない。
でも……夢は僕だけのものだ! 力がなくても、誰にも奪わせない!」
祭壇に集まった沼族たちがざわめき始めた。
「夢……だと?」
「弱者が……抗っている……」
ナーガはしばし沈黙し、やがて低く笑った。
「ほう……愚かだが、面白い」
その黄金の瞳が、今度はノラへと移る。
「だが――それを守れるかどうかは別だ。
ノラよ。お前は彼らの夢を、本当に守り抜けるのか?」
ノラの心臓が跳ね、シロの記憶が鋭い棘のように甦る。
(……俺は、あの日……守れなかった)
クロがすかさず前に出て声を張った。
「問われるのはノラ一人じゃない。俺たち全員だ」
その言葉に、ノラは深く息を吐き、義手を強く握りしめた。
仲間の存在が、胸の奥にあった迷いの裂け目を繋ぎとめていく。
(そうだ……俺は一人じゃない。タロも、イヴも、クロも――一緒に戦うんだ)
祭壇の光はますます強まり、地面が低く唸りを上げる。
夢を嘲笑う声と、夢を守ろうとする声が交錯する中――
夢を試す戦いの幕が、いま上がろうとしていた。




