第59話 密教の気配
濃い霧の奥から、ぬらりとした長大な影が現れた。
鱗に覆われた胴体をくねらせ、金色の双眸が闇を裂く。
「……よくぞ来たな、夢追い人ども」
低く湿った声。
大蛇アナコンダのナチュラビスト。
沼族の王――ナーガが、彼らの前に姿を現した。
ノラの耳がぴくりと動く。
「……ナーガ」
ナーガはゆったりと首をもたげ、睨むように笑った。
「お前たちが歩む道は、真実に近づいている。だが……未だ甘い。
夢を掲げることは美しい。だがこの星を覆う“空族”の欺きには抗えぬ。リーフラ族も等しく」
クロが険しい声で返す。
「空族とリーフラ族がか……?」
「そうだ」ナーガの声は湿り気を帯び、胸に絡みつくように響いた。
「奴らは空を支配し、地を見下ろし、我らを嘲ってきた。
だが忘れるな……我らを見下したのは、空族だけではない。
リーフラもまた、我らに手を差し伸べるふりをして――ある日、何気ない一言で我らを切り捨てた」
一瞬、ノラたちの胸に冷たいものが走った。
ナーガは目を細め、低く続ける。
「我らにとっては、あの何気ない言葉こそが“裏切り”だった。
その痛みを、今も我は忘れてはいない」
ノラの胸が冷たく締め付けられる。
あの日、シロの白い毛並みを血に染め、羽音を立てて飛び去った空族――。
(……やはり、あれは……空族が……?)
ノラの迷いを見透かすように、ナーガの瞳が細められる。
「猫族よ。その疑念を捨てるな。やがて真実は、お前を導くだろう」
その時、横合いから声が割って入った。
「……ナーガ、言葉が過ぎる」
現れたのは、ナーガの息子オロチと、彼の傍らにいたベルだった。
ベルは丸々とした大カエルの体躯を揺らし、落ち着いた声で告げる。
オロチはクロの妹チロと変わらないくらいの年齢の大蛇のナチュラビストだった。
「旅人たちよ。王の言葉をすぐに信じ込むな。
真実は一つではなく、見る者の立場によって色を変えるものだ」
「父上、関係ないものまで巻き込む必要はありません。我々は我々です。」
その柔らかな響きに、タロとイヴの強張っていた肩がわずかに下りた。
ナーガは鼻で笑い、霧の奥へと身を引いた。
「よかろう。ならば――我らの“真実”を、その目で見るがいい」
霧が裂け、空間が開ける。
そこには、朽ちた石柱と巨大な祭壇が姿を現していた。
苔むした石には古代の爪痕のような刻印、骨の装飾が施され、異様な気配を放っている。
「ここ怖い……」
タロが小さく息を呑む。
ノラは瞳を細め、声を漏らした。
「ただの祠じゃない……祈りを捧げる場所なのか……?」
「こいつらは何を信仰しているんだ…?」
クロが剣に手をかける。
その時、太鼓のような重い音が地の底から響き、低く笑う声が重なった。
「……よそ者ども」
霧を裂いて現れたのは、厚い鱗に覆われた巨体。
獰猛な眼光、鋭い爪。
コモドオオトカゲのナチュラビスト
南東湖に映っていた――コドラだった。




