第58話 沼族の王
森の奥へと進むにつれ、霧は濃く立ち込め、仲間たちの呼吸さえ重く沈んでいった。
太鼓の音が一際強く響いたその時――
「……待て」
低く落ち着いた声が霧の奥から届いた。
現れたのは、丸みを帯びた体躯を持つ大カエルのナチュラビスト。
その眼差しは厳しさと優しさを併せ持ち、ノラたちを静かに見据えていた。
「自分はベル。湖王トールの弟子にして、今はナーガ様の側に仕える者だ」
クロが小さく目を見開く。
「ベル……あの幻影で、必死に仲間を止めていた男……」
ベルルが慌てて兄の前に進み出て、深く頭を下げた。
「兄上! 彼らは敵ではありません。師の御心により、ここへ導かれた旅人です」
ベルはしばし沈黙し、弟の背を見つめる。
そして、静かに頷いた。
「ベルル……お前の言葉を信じよう。だが、この先は危うい。お前は湖に戻れ。ここから先は俺が引き受ける」
ベルルは悔しげに唇を噛んだが、やがて振り返り仲間たちへ微笑んだ。
「師の言葉を胸に……夢を忘れないでください。私は湖で待っています」
その小さな背中が霧の中に消えていくと、ベルはノラたちに向き直った。
「……これより先は、ナーガ様の御前だ。言葉に惑わされぬよう心を整えておけ」
その言葉を合図のように、霧の奥で水面が大きく割れた。
長大な胴体をうねらせ、金色の双眸が闇を切り裂く。
鱗に覆われた巨躯――沼族の王、ナーガが姿を現した。
クロが身体を強張らせ構える。
「……沼王ナーガ」
族王の名が低く呼ばれた瞬間、森全体がざわめきを増した。
いよいよ、沼王との対峙が始まろうとしていた。




