第56話 レプタの森
森は、湿り気を含んだ重い空気で満ちていた。
頭上を覆う分厚い葉の天蓋は陽を遮り、昼間であるにもかかわらず薄暗い。
足元は泥に沈み、歩くたびにぬるりとした感触が靴底にまとわりつく。
「……これが、沼族の領地……」
イヴが小さな声で呟いた。
水面には藻がびっしりと広がり、時折、水泡がぶくりと弾ける。
どこからか湿った笛のような音が聞こえ、それが鳥なのか獣なのかすら判別できなかった。
「嫌な気配だな」
クロが低く吐き捨てるように言う。
「森そのものが、俺たちを監視しているようだ」
タロは周囲を見回しながら、落ち着かない様子で声を漏らす。
「ねぇ……あれ、なんだ?」
彼の指差す先には、苔むした石像があった。
鋭い牙と爪を持ち、見上げるほどの体躯。
それは明らかに“恐竜”を模した姿だった。
イヴが息を呑む。
「……古代の捕食者……」
ノラはじっと石像を見つめる。
(これは遺物でも見たことがある……過去の名残か。)
一行が進むたび、同じような祠や石像がいくつも姿を現した。
どれも破損し、苔に覆われているが、崇拝の痕跡ははっきりと残っていた。
「この森……ただの湿地じゃない」
ノラが小さく呟く。
「ここは、旧時代、旧人類そのものが作り上げた遺跡群が連なる場所だ」
その言葉を裏付けるように、遠くから太鼓のような音が響いてきた。
低く、重く、地の底から突き上げるような音。
イヴが顔を強張らせる。
「……誰かが……祈ってる?」
ベルルが一歩前に出て、仲間を振り返った。
「気を抜かないでください。ここは沼族にとって“聖域”の一つ。
恐竜はただの象徴ではありません。彼らの祈りと望みを繋ぐ依り代なのです」
ノラの瞳が鋭く光った。
「行こう。確かめなきゃならない」
泥濘に足を取られながら、五人は沼族の心臓部――レプタの奥深くへと歩みを進めていった。




