第54話 湖を後に
夜の帳が下り、湖畔は静かな銀色の世界に包まれていた。
月の光が湖面に揺れ、仲間たちの影を長く映し出している。
ノラはその光景を背に受けながら、深く息を吐いた。
「……結局、ルーン石は手に入らなかったな」
クロが隣で頷く。
「だが無駄じゃない。俺たちは“石の本質”を知った。
器でしかない石より、夢と信じる心こそが力になる……」
イヴは湖面に目を落とし、そっと両手を胸の前で握りしめた。
「石はなくても……私たちの胸には、ちゃんと灯りがある。
その灯りを消さなければ……きっと前に進めるよね」
その言葉はか細いながらも、月の光のように柔らかく仲間たちの胸に届いた。
タロは明るい笑みを浮かべる。
「そうだよ! …夢を語り続ければ、きっとなんだって叶うんだ!」
その声に、ノラの口元も自然と緩んだ。
(……奪われても、失っても。信じる心があれば、未来は繋がる)
しかし胸の奥には、別の影も渦巻いていた。
ナーガの間者が告げた言葉の真意……。
ノラは視線を夜空へと上げた。
星々が瞬き、湖面に映し出されている。
(あれは真実か、欺きか……確かめる必要がある。俺たち自身の目で)
クロもまた同じ思いを抱いていた。
「次は……沼族の領地、レプタか」
その時、ベルルが一歩前に出た。
小柄な体を揺らし、仲間を見回して穏やかな声をかける。
「皆さん……どうか不安に飲まれないでください。
ナーガ様や沼族の言葉は、時に真実を歪めます。
ですが、師トール様が示されたように――“信じて待つ心”があれば、迷わずに進めます」
イヴが小さく頷き、タロはほっとしたように肩を緩めた。
ノラもまた義手を握りしめ、仲間の顔を一人ずつ見渡す。
「石は手にできなかった。でも、俺たちには知識と希望がある。
それを武器に、どんな疑いにも向き合っていく」
湖面に映る月影が、彼らの進む道を示すように輝いていた。
その光を背に、五人の影はゆっくりと湖を後にする。
次なる目的地――レプタ。
そこには新たな試練と、真実を揺るがす罠が待ち受けている。




