第51話 タロとイヴの力
湖畔に静けさが戻ったとき、トールはタロとイヴをまっすぐ見据えた。
「……お前たち。夢を語ってみせよ」
突然の問いに、二人は顔を見合わせた。
タロは頬をかきながら笑った。
「夢……かぁ。えっと……俺、いろんなものを作りたい!……人が笑顔になれるもの!太陽みたいに明るく笑いあえる幸せなもの!
でも、今はまだ、ただの願いみたいな」
イヴは少しうつむき、湖面を見つめる。
水面に映る自分の姿が、どこか心もとない。
「私は……本当の夢は、お月様みたいに辛い思いをしてる人を照らして支えるそんな大人になりたい。あと、お家を持って、お花を育てて、笑って過ごしたい……普通に生きたいです。」
声は震えながらも、最後には確かな強さを帯びていた。
トールはしばし二人を見つめ、深く頷く。
「夢は形を持たずともよい。大切なのは“想いの強さ”だ。
お前たちがそれを抱き続けるなら――旅の果てに、その夢は芽吹くだろう」
タロは拳を握りしめ、力強く言った。
「芽吹くなら……俺、もっとたくさん種を蒔くよ! きっと!」
イヴもまた、小さく微笑んだ。
「私……信じてみる。いつか、見つけられるように」
ノラはその姿を見て、心の奥が温かくなるのを感じた。
(……夢はすぐに叶うものじゃない。だけど、この二人の夢が育っていけば、きっと俺たちの力になる)
クロが低く呟いた。
「夢を持つ者は、迷わぬ。……兄さんも、きっとそう言うだろう」
湖畔に吹く風が、彼らの言葉を運んでいく。
その風はまるで、旅立ちを祝福するかのように優しかった。
その時。
湖の葦の間から、小柄な影が跳ねるように現れた。
緑の滑らかな肌、丸い瞳。カエルのナチュラビストだった。
「師よ、彼らをレプタまで案内すれば宜しいですか?」
恭しく頭を下げたその者に、トールが名を告げる。
「ベルル。湖の守りを担う我が側近だ」
ベルルは愛嬌のある顔に微笑を浮かべ、ノラたちへ向き直った。
「自分はレプタのナーガ様の側近ベルの弟、ベルルと申します。……兄は今、沼にてナーガ様の側におります」
その名に、クロの瞳がわずかに揺れた。
(ベル……あの幻影で、必死に止めていた男か)
ベルルは続けた。
「師より命を受けました。次なる道レプタへ向かう際は、私がご案内いたしましょう」
トールは静かにうなずき、四人を見渡した。
「夢を抱く者よ。お前たちの道は湖を越え、さらに深き地へと続く。
その先に待つ“真実”を、ベルルが案内する。確かめるがいい」
ノラは義手を握り、仲間たちと視線を交わした。
「……分かった。必ず確かめる」
こうして、湖畔での試練を終えた一行はレプタまでの道中を案内してくれるベルルを筆頭に、レプタへの道程を歩み出すこととなった。




