第5話 ヤマトの朝
義手を装着したノラは、深呼吸を一つ。
冷たい金属の感触が体の一部であるかのように馴染むまで、静かに動かしてみる。
重さはある。だが、その重みは決意の象徴だった。
窓を開けると、眩しい朝の光が差し込んできた。
ヤマトの町並みは今日も活気に満ちている。
古代文明の残骸を再利用した工業都市――鉄と木が入り混じり、廃材の塔の上では風車が音を鳴らし、路地では獣耳の子どもたちが駆け回っていた。
市場では修理された廃機械や再利用された装飾品が並び、異なる種族同士の声が混じり合っている。
ノラは人混みを縫うように歩きながら、いつものように耳を澄ます。
商人の声。
職人の槌音。
遠くで響く楽器の音色。
――ヤマトの鼓動。
その全てが、胸の奥にある“欠けた空白”を少しだけ埋めてくれる気がした。
通りの角を曲がると、見知った老人が声をかけてきた。
「おや、ノラ。今日も紹介所かね?」
「ええ。依頼が出てるかもしれないので」
「働き者だな。……シロも、きっと誇らしく思ってるよ」
その言葉にノラは一瞬だけ足を止めた。
胸の奥に鈍い痛みが走る。
だが、彼は静かに微笑んで答えた。
「……ありがとうございます」
老人はそれ以上何も言わず、荷車を押して去っていった。
背中を見送りながら、ノラは自分の義手をぎゅっと握りしめる。
(俺は……前に進むしかない)
そう思うと、歩みは自然と速くなる。
やがて、広場の向こうに目的地が見えてきた。
木造と金属を組み合わせた堂々たる建物。
入口に掲げられた大きな電子掲示板には、依頼の情報が次々と表示されている。
――ナナシの世界を支える仕組み。
困りごとを抱えた者と、それを解決する者を繋ぐ場所。
それが、「紹介所」だった。
ノラは深呼吸を一つして、扉を押し開ける。
その瞬間、賑やかな声が彼を包み込んだ。
新しい一日が、また始まる。